外部になった人から見る、クライネスの強み
東京都合唱コンクールを聴きに行った。
自分の所属団体のひとつが都の合唱連盟に加盟しており、連盟主催イベントの招待券を貰った。コンクールも連盟のイベントなので、その招待券を使えば1人無料で行ける訳である。弊団では誰も聴きに行かないようだったので、「じゃあ行くけどなぁ」と3日連続で招待券を使うことにした。もし招待券が無かったら聴きに行かなかっただろう。僕はケチだ。
所用で聴けない団体もあったが、ホールで聴けた演奏はおしなべて素晴らしいものばかりであった。金賞の団体はそうだろうと納得し、金賞でなかった団体はなぜ金賞じゃないのか不思議になる。僕は素人なので全部の団体が金賞の演奏に聴こえる。ただ、素人じゃない人から見てもレベルの高い演奏続きだったと思う。レベルが高すぎる。
ところで、僕は大学時代、東工大のコールクライネスに所属していた。
コールクライネス(以下、クライネス)は、1963年に設立された合唱団である。1977年からコンクールにずっと参加しており、今年もコンクールに参加していた。今回の演奏も聴いていたが、自分が所属していた時より上手だと感じた。全国大会への出場はかなわなかったが、今回も金賞を受賞している。(関係ないが、僕の前の席でコンクールを聴いていた2人組が「クライネスの演奏は聴きたかったんだよね」と言っていた。嬉しい。)
なぜこんなに上手なのか。自分が中にいた時は思っていなかったことが、外部の人間になると気になるようになる。所属している時にもっと気になればいいのに。
今回は、クライネスの強みについて、なるべく贔屓目を排除して話していきたい。雑文になるだろうから、老害の戯言だと思って気軽に読んで欲しい。
①安定感がある
最初に思い付くであろう強みがこれだ。コンクールの結果が物語っている。
※コンクールの結果が客観的・定量的なものであるかどうかは大きな議論の的であると思うが、今回は客観的なものだということにして話をしていく。話が進まなくなっちゃうので。
クライネスは、初めてコンクールに参加した1977年以外、参加した年は全て都大会金賞(あるいは前年シード)を獲得している。
よく考えるとすごすぎる。1977年以降で参加していないのはコロナ禍に開催された2021年の第76回のみだが、それ以外の計45回はずっと都大会金賞かシードで、うち半数ほどの23回で全国大会に出場している。
前述の通り、都大会はビックリするほどレベルが高い。過去10回までのデータで恐縮だが、他の大学ユース団体のうち、2年連続で都大会金賞を獲得したことがある団は
首都大学東京グリークラブ(第69,70回)
早稲田大学コール・フリューゲル(第70,71回、第76,77回)
中央大学混声合唱団こだま会(第76,77回)
早稲田大学女声合唱団(第78,79回)
なにやらゆかし合唱団(第78,79回)
の5団体しかなく、3年以上連続で金賞をとっている団に至ってはここ10年で存在していない。なんなら、金賞をとった団体が次の年に銅賞を獲得、なんてこともザラにある。都大会のレベル高すぎないか??
こんな魔境みたいな場所で、クライネスはひたすら金賞を取り続けている。2019年に審査の形式が変わったが、そんなの関係なく金賞を乱獲している。安定感が半端じゃない。高い水準で実力をキープし続けられているのは、間違いなく大きな強みのひとつであろう。
②人が多い
なぜこんな安定感を生み出せているのか。僕の考える大きな要因は「人数」である。僕の在籍時は140人ほどの大所帯であったし、コロナ禍を経て人の減ってしまった現在もコンクールには91人が乗っている。冷静になると多すぎる。
「コールクライネス」はドイツ語(Chor Kleines) であり、「クライネス」は"小さい"という意味の"klein" から来ている。モーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」の「クライネ」も同じ意味だ。ウィクショナリーで恐縮だが、kleinesの項にはこう書いてある。
1. "klein" の中性単数主格の強変化又は混合変化形。
2. "klein" の中性単数対格の強変化又は混合変化形。
ドイツ語の素養がなさすぎて変化形については何も分からないが、とりあえず小さいという意味なのは間違いない。
かつて東工大にはひとつの合唱団があった。クライネスは、その方針に合わない人達が別で創った団と言われている。元の団と対抗するように生まれたのが「小さい合唱団」"Chor Kleines"というわけだ。
だが、今のクライネスを見て「小さいなぁ」という人はおそらく居ないだろう。完全に "Chor groß" である。デカすぎる。
合唱団の人数については各々意見があると思うが、僕は人が多いに越したことはないと思っている。
そもそも、人が入るというのは、団が存続していくために必要な条件だ。クライネスは何かの間違いで80人くらい入団する年もあるが、例年4-50人ほどの入団者が来る。この合唱団がなくなる未来は見えない。毎年40人以上の人にノウハウを伝え続けているのだから、組織として強いものであるのは間違いない。
組織にとって最も必要なものは人だ。新しく吹いてくる風がないと、その空間はいずれ汚く淀んだものになってしまう。クライネスは毎年多くの風を通り抜けさせ、新鮮な空間を保ち続けている。
また、人が多いと1人休んだ程度じゃ大きな支障が生まれないというのも大きい。もちろん支障がない訳ではないのだが、30人のうち1人休むのと、100人のうち1人休むのでは、受けるダメージが違う。
人が数人変わったとしても再現性のある演奏ができるというのは、大きな強みになるだろう。
余談だが、クライネスの団員ページにこのような記述がある。
創立当初は団員数30人ほどだったので“Chor Kleines(独:小さな合唱団)”と名づけられました。
いや30人でも十分じゃない??
クライネスにいた時は「確かに30人じゃ少ないかもなぁ」とか思っていたが、いま改めてこれを見るとそんな訳ないやろという気持ちが溢れてくる。時の流れは人を冷静にさせる。
③指導者の実力がすごい
「こんな実績のある場所だから、さぞ経験者ばかりが大量に入ってくるムキムキ合唱団なのだろう」と思う人がいるかもしれないが、実際はクライネスに入団する人のうち約半数が合唱未経験者である(今どうかは分からない、違ったらごめん)。かくいう僕もクライネスに入って初めて合唱に触れた。
裏を返せば半数は経験者なのだが、人数が多いとはいえ2-30人の初心者を抱えた団が半年で都大会で金賞を取るほどの実力を付けるというのは想像が付きづらいかもしれない。
それを可能にしているのが指導者陣の存在である。
特に、大谷研二氏は東京混声合唱団の常任指揮者でもあり、いまや合唱界の重鎮と言っても過言ではない。そんな人が指導しているのだから上手くもなるというものだ。
全員に丁寧なコメントを付けていくと 時間がかかってめんどくさ 長くなりすぎてしまうので、ざっくりとイメージだけ話すことにする。
ボイストレーナーの2人は、個人的に対称的なイメージだ。坂本かおる氏が初心者でも入りやすい感覚的な部分で器を広げ、松平敬氏が模範的な声を提示しつつ理論的な部分で器を深める。この2人がいることで、合唱のための安定した"体"の形成が出来ている。
指揮者の2人も対称的だ。どちらも多くの団体を指揮しており手札が多いのは共通している。岩本達明氏はここ数年コンクール指揮者も兼任しているが、彼は審査員に届くような"技"を育てるのが得意だ。一方で大谷研二氏は、自身の経験を引き合いに出す語りの上手さもあり、歌うための"心"を醸成するのが得意である。
ピアニストの山部陽子氏が、この中に足りないものを別の視点からアドバイスをする。ピアノの実力もさることながら、大学院生の頃からクライネスでピアノを弾いている彼女は、学生の心に寄り添うのがとても上手だ。
このように、合唱のための心·技·体を習得するための指導者たちが集っている。初心者が大勢入ってきても、同じ心·技·体を習得することができる。こうして高水準の合唱が継続されるのだ。
結局ひいきの老害みたいな文章になってしまったような気もするが、僕はクライネスが好きなので許して欲しい。
ここ数年は全国大会から遠ざかってしまっているので、来年こそ全国の地で100人の演奏を聴けることを願って終わりにしようと思う。
ちなみに、大学ユース団体で全国大会に出るような100人規模の所は、他に九大混声合唱団や混声合唱団名古屋大学コール・グランツェなどがある。全国大会の経済効果がすごい。今年や来年の全国大会はどれほど開催地にお金が落ちるだろうか。それはそれで楽しみにしておこう。
それではまた。