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とんとん拍子

「健康のためにウォーキングを始めようと思っていた、ウォーキングのお供がほしい」
「ロッキーにもお友達がいたほうがいい」
「子供たちが大きくなって、ママが寂しそうだ」
と、いうことで我が家に犬を迎えようと父は言った。
父は決めたら早いのだ。決めるまでも早いのだが、決めたら光の速さなのだ。

翌日には犬種図鑑が2冊ほどリビングのテーブルに並んでいた。
父と母は真剣な眼差しでそれぞれ犬種図鑑を読んでいる。
ん?母は犬を飼うことに賛成なのか?よく分からないが、完全に流れに身を任せている感じだ。
まあ、いいか。でも怖いな、犬との生活だなんて。想像もつかないし、犬との生活だなんて。
写真で見る分には、かわいいんだけどさ…。

父と母の厳正なる審査は連日行われ、ようやく迎える犬種が決まった。
「バーニーズマウンテンドッグのブリーダーさんに、連絡をしてみた。」
晩ごはんの食卓で父は言い、同時に『バーニーズマウンテンドッグの飼い方』という本を掲げた。表紙にはまん丸でふかふかな子犬の写真。あれまぁ〜かわいいこと。
どれどれ、どんなふうに飼うの?とペラペラと本の中を覗いてみた。「…!!!」表紙の子と違う、大きいのが沢山写っている。バーニーズマウンテンドッグって、大きいじゃないか。マウンテンっていうくらいだもんなあ…。
犬が怖いゆえ、犬関連の情報に全くアンテナを張っていなかった私でも何となく分かるのは、大型犬を飼うのは大変だということ。
大丈夫なのかな。初めて迎える犬にしてはハイレベルなのではないか。
いやいや、待ってくれ。それも心配だけど、私は大丈夫なのか。犬がリビングにいるようになったら、私の生活に支障が出る。恐怖と隣り合わせの日々がやってくるのだろうか。

そんな心配をよそに父は言う。
「ブリーダーさんには男の子をお願いした。名前はロッシにする!」
当時の父は、バイクにハマっていた。イタリアのオートバイレーサーであるバレンティーノ・ロッシから取ったのだという。

そして、ブリーダーさんとのやり取りは進み、次の交配で産まれた子に男の子がいれば、お迎えできる手筈となった。半年ほどは待つこととなると言う。よし、この半年で心の準備をしよう。

子犬が産まれる日を今か今かと待つ両親は、「ロッシ♪ロッシ♪」とつぶやきながら、『バーニーズマウンテンドッグの飼い方』を熟読していた。
晩ごはんの食卓には、毎度毎度『バーニーズマウンテンドッグの飼い方』が飾られ、表紙の写真を眺めながらごはんを食べる。もぐもぐしながら目を細め、口々に「ロッシ♪ロッシ♪」と言う。奇妙な光景だ。

でも、そのときの両親の表情は忘れられない。幸せに包まれた温かい笑顔。"陽だまりのような"という比喩は、こういうときに使うのだろう。私が生まれたときもこんな表情向けてくれてたんだろうなと、ふと思った。こんな風に感じられる私は、きっと愛されて育ったんだな。

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