唯一の被爆国である日本がなぜ核兵器禁止条約に署名しないのか

これは一見、極めて当然の議論のように聞こえる。しかしこういう指摘をする人のほとんどは、「核兵器禁止条約」というものをその名前だけで判断し、その条文が具体的にどういうもので、今世界的にどういう署名・批准の状況にあるのかという事実を全く知らないでものを言っていると思う。

最初に誤解のないように言っておくが、自分は核廃絶という理念や目的には大賛成だ。しかし、核兵器禁止条約の内容と方法論が、肝心の核保有国およびその同盟国が署名できないものになっている故に無力であるということを説明したいと思う。

簡単に整理すると、核兵器禁止条約には核兵器を保有している9ヶ国(ロシア(5,977)、アメリカ(5,428)、中国(350)、フランス(290)、英国(225)、パキスタン(165)、インド(160)、イスラエル(90)、北朝鮮(20)・・・数字は核弾頭の数)、およびその同盟国(NATO27ヶ国プラス日本、韓国、台湾、オーストラリア)は一国も署名していない。

署名してるのは、核兵器の脅威にさらされていない「蚊帳の外」の中南米、南太平洋とアフリカの小国がほとんどだ。おそらくGDPを足し上げても世界の1割にも満たないだろう。

しかも、署名した86ヶ国のうち、この条約が有効になるために必要な50ヶ国の批准に達していないから、この条約はまだ効力すらない、「法案」のような状態だ。ちなみに、国連の加盟国数は193だから、核兵器禁止条約はその1/4の国ですら批准されていないことになる。まずこの事実だけで、この条約に実効性があるのかを問わなければならない。

次は条約の中身の問題。核保有国、およびその同盟国がこの条約を署名できなくしている最大の理由は、「即時に核兵器を無力化しなければならない」としていることだ。核抑止力も否定しているし、段階的核軍縮というコンセプトもない。1かゼロなのだ。理念としてはピュアだけど、それゆえ現実的ではない。

これまで核戦争が起きていないのは、核抑止力があるからだ。古今東西、戦争が起きるのは力の均衡が崩れた時だ。戦争を仕掛けても自国には致命的な犠牲が発生しないと確信が持てなければ戦争など仕掛けないからだ(その判断が正しいかどうかは別として)。もしアメリカ、ソ連、中国のうち一国でも先に核兵器を無力化したならば、その瞬間に武力の均衡が大きく崩れ、それこそが核戦争を起こす引き金になるかもしれない。

ボクシングに例えれば、相手はまだ戦う気満々なのに自分だけガードを下げるようなものだ。もしアメリカが核を無力化したら、その瞬間に北朝鮮はアメリカを核攻撃することは火を見るよりも明らかだ。つまり、核兵器禁止条約こそが、核戦争の原因になるかもしれないのだ。

また、日本が核兵器禁止条約に署名するということは、アメリカの核の傘の下から離脱することを意味する。日米安保条約を破棄するか、その範囲をかなり縮小しなければならない。そうなったら、北朝鮮からの攻撃(核に限らず)のリスクは必ず高くなる。核兵器禁止条約に署名すべきと言っている人は、そこまで考えて言っているのだろうか。

「核廃絶」という理念を否定しているのではない。この条約が欠陥設計だと言っているのだ。どんなに理念が正しくても、その具体的手段がその理念を実現できないものになっていたら、その手段は無力だということだ。

理念が正しいのだから、とにかく署名すべきだと言うのは、あまりにも単純で乱暴で感情的で不勉強で思考放棄していると言わざるを得ない。マスコミも、ここで紹介したような事実や視点を一切報道しないで、「唯一の被爆国云々」の感情論だけを展開するのは甚だ無責任だ。

この欠陥設計の条約は一旦ご破産にして、核廃絶までの段階的道筋を描いて核保有国とその同盟国が署名できるようなものに作り直さなければ、核廃絶という理念を実現するための実効性のあるものにはならないと思う。

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