「2023年7月の珈琲 Indonesia:ビルに映る花火」
客がひいた店の窓からは、向こうにあるビルの窓に映る花火が見えた。
Indonesia:ビルに映る花火
無数に貼りついた窓は
波の立たない漆黒の水面
鼓膜を震わす音が鳴りひびき
その水面がかすかに揺れた
都会にそびえるビルの窓
映し出されるイロトリドリの花火
広がるコクに酸味の花火が咲く
繁華街にある大きな商業ビルの上階は、家族連れ、カップルや友人連れで溢れていた。
その多くが浴衣を着て、下駄を鳴らしながら歩いている。
忙しい一日になりそうだ…。
スタッフのみが出入りする扉を開け、わたしは思った。
今日は、繁華街近くを流れる大きな川を舞台に、年に一度の花火大会が行われる。
その影響で、レストランフロアにあるファミリーレストランは、ランチタイムはもちろんのこと、ティータイムも、そして、少し早めのディナータイムも、浴衣を着た客たちが列をなしていた。
あの花火大会の日、わたしは、誰とも花火大会に行く約束をせずに、一日中、バイトに入っていたのだろうか?
どうだったかはわからない。
ただ、バイト先のできるスタッフたちが、それはそれはせっせと、そして、的確に、客を案内していたことはよく覚えている。
いつも、それなりに忙しい店だった。
そして、あの日も、やっぱり、とても忙しかった。
客の嬉々とした話し声は、グラスが触れる音やオーブンのブザー音さえもかき消していた。
忙しいほどに、時間はあっという間に過ぎる。
それは、不意に訪れた瞬間だった。
店内から、客がすっと消えたのだ。
どーん!
鼓膜を震わす音が鳴り響いた。
花火だ!
もうそんな時間…?
ディナータイムに合わせて、ライトダウンした店内に、ついさっきまでの騒がしさはなくなっていた。
どーん!どーん!
奥にある窓の向こうで白い光が散る。
そして、緑色の輪に黄色の花が咲くのが見えた。
この窓は川に面しているわけではない。
それなのに、花火が見えるなんて…。
ここは、大きなビルがいくつもそびえる繁華街。
窓の向こうのビルも大きなもので、都会の谷間を挟んで、ずどんと建っていた。
ちゃんと見たことはなかったけれど、ビルには無数の窓が張りついていた。
灯ひとつないそれらはとても静かで、まるで、波の立たない漆黒の水面のようだった。
どーん!
また、上がった花火の音にその水面がかすかに揺れる。
そこに映し出されたイロトリドリの花火に目を奪われて、わたしはその場で立ち尽くしていた。
7月の珈琲Indonesiaを口にしたとき、広がるコクに酸味がぱっと咲いて、散っていくのを感じた。
そして、あの日、客がひいた店内で見たビルの窓に映る花火を思い出したのだ。
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