![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/96793783/rectangle_large_type_2_19934e674fbb4ebac31ab4b9aa46975a.jpeg?width=1200)
「2023年1月の名前のない珈琲 Thailand:旅に出るんだ。」
旅に出るんだ。
❏❏❏
❏❏❏
「ねぇねぇ、これわかる?」
後ろの座席から、声が聞こえた。
わたしに質問していることに、すぐには気づけず、一旦、頭の中で考えてから、後ろを見た。
間隔の狭い座席の隙間はさらに狭かったけれど、朗らかな笑顔の女性が見えた。
その手には、出入国カードがあった。
初めての海外旅行だった。
小心者のわたしなら、少しばかり不安な気持ちを抱いていたに違いない。
でも、行き先はわたしが決めた国ではなかったし、手配も旅程もすべて整えられた旅行だった。
極端なことを言ってしまえば、パスポートと少しのお金を手に、この身ひとつさえあれば行けてしまうくらい整えられていた。
だから、わたしは、ただ、ワクワクしながら、飛行機の指定席に腰を下ろしたのだ。
「ねぇねぇ、これわかる?」
女性から声をかけられたのは、そんな時だった。
1月の名前のない珈琲:Thailandを口にしたとき、声をかけてきたあの女性を思い出した。
女性の手にある出入国カードの記載方法なら、初めての海外旅行に向かうわたしでも答えることができる。
女性に記載方法を説明しながら、雑談を交わした。
わたしの親より年配だったその女性は、わたしと同じように、初めての海外旅行だと頬を赤くしながら言った。
頬の赤さは恥ずかしいからではなく、気持ちが高揚しているからだということは、その笑顔からよくわかった。
とてもおおらかで朗らかな笑顔。
それは、1月の名前のない珈琲:Thailandのやさしくまろやかな味わいにとても似ていた。
名付けるなら、「旅に出るんだ。」にしよう。
そうだ。
入国管理カードを書き終えた女性が、「これ、お礼ね。」と差し出したお札は微笑みの国タイの紙幣だった。