「2023年6月の珈琲 Ethiopia:音を追いかけた」
つかまえたはずの音がつかまらない。
その事実に思考が揺さぶられ、暗闇のなか、目を閉じたわたしと音との追いかけっこがはじまった。
Ethiopia:音を追いかけた
180度先でつかまえた音は
一歩手前で
360度ぐるりとにげまわった
あいまいなバランスに
思考を揺さぶられ
無重力な追いかけっこがはじまる
爽やかな酸味が宙を舞う
最新の情報をとらえるのは、とても苦手なのだと思う。
世間にたくさんあふれている情報を、SNSで見聞きし、そのなかでごく少ないものをかいつまむ。
特に、情報通の友人からの情報はありがたい。
興味のあるモノの範囲が重なる部分が多いから、気になるモノが多いのも必然だ。
Instagramに流れてきた写真に惹きつけられたのは、5月中旬のことだった。
投稿者から情報を仕入れ、早速、ネットからウェブチケットの予約をした。
そして、残り数日で会期が終わろうとしていた展示会「ダムタイプ|2022:remap」を観るためにアーティゾン美術館に滑り込んだのだ。
美術館に行くときは、積極的に、開催内容を事前確認することはあまりしない。
それは、映画でもライブでも舞台でも同じだ。
今回のように展示会の情報を得たら、それ以上の深掘りはせずに、実際に体験することで、自分がどう感じるかに身も心も委ねる。
(そのせいで、展示の一部を見逃すという失態を犯したけれど、それはそれでしようがない。)
だから、真っ暗な展示室が見えたとき、一体、なにがどうなっているのか、皆目検討がつかなかったのだ。
暗闇のなか、壁にある隙間に吸い込まれていく鑑賞者たち。
そして、壁のこちら側も、もちろん、暗闇で、そこにはレコードプレーヤーがいくつもあった。
なにをどう鑑賞するのだろうか。
わけもわからず、わたしも壁の隙間へと足を運んだ。
暗闇のなか、鑑賞者たちが言葉もなく、うねうねと動いている。
その頭上を、赤いデジタルで作られた言葉が走り、白い光がどこかを照らし、発光する。
光に囚われたあと、暗闇に徐々に慣れた目が会場の輪郭をとらえ始めた。
見ることを優先したのちに、音があることに気がつき、音に集中しようと、人が通らない壁の前で目を閉じた。
わたしの耳の180度先に音をつかまえる。
つかまえた音は、水平を保ちながら、徐々に近づいてきた。
線のうえをやってくるのかと安心した矢先、それは見事に覆され、わたしの一歩手前で360度ぐるりと回転して、逃げまわった。
つかまえたはずの音がつかまらない。
その事実に思考が揺さぶられ、暗闇のなか、目を閉じたわたしと音との追いかけっこがはじまった。
この感覚を珈琲で表現したい。
追いかけっこの相手は、重みのある音ではなく、どちらかといえば、軽い。
速度は自在、しかも、真っ直ぐに走れば、ぐるりと回転するタイプ。
ならば、すっきりと爽やかなウォッシュドにしよう。
産地は、柑橘系の香るEthiopia。
こうして、爽やかな酸味が宙を舞う6月の珈琲「Ethiopia:音を追いかけた」が生まれたのだ。
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