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髪の細胞なんて、もう死んでるよねって話
女の髪は長ければ長い方がいいと思う。ボブの女なんて大概頭と股の緩いバカばっかだし、ショートなんて間違いなく論外だな。
そんなことを彼女が髪を乾かす姿を見るたびに思う。「ロングなんて手入れが大変なだけだよ」と笑う彼女の髪は、ありふれたベリーの香りと少しタバコ臭い匂いがした。ドラッグストアに置いてある1番いいシャンプーを使う美意識を持ち合わせた彼女は、どんな日でも髪の毛をしっかりと乾かす。そんなこと俺には生理用品がどうだとか、あのコスメが可愛いだとか、そんなレベルでどうでもいいことなのだけれど。
「なあ、そのくらいの長さになるのに、どんくらいかかるんだ?」ドライヤーの音だけが鳴り響く部屋で、俺の声が間抜けに響いた。「だいたい3、4年くらいかなぁ…前はボブ好きな人と付き合ってたからそれ以来伸ばしてるかも」
なんだよそれ、男の好みに合わせて髪を伸ばしてるってわけなのか?都合のいい女だなと思う反面、これが俗に言う健気さって奴なのかもしれないとも思った。「じゃあもう毛先なんて4年も前から変わってないってことか。いくら手入れしたって細胞なんて死んでるんじゃねえの?」バカみたいな俺の問いに彼女は少し困った様子で笑った。「髪って全部死んだ細胞が伸びていくんだよ。一度傷めると自然に元には戻らないらしくて、私そんなに美容室に通えるほど給料良くないし、ね」微笑む彼女の口元に、薄くほうれい線が滲んでいた。
いつまでこんなことするんだろうな、もう若くもないのに。それは俺も同じか、若さにしがみついて何も持ち合わせて居ない俺は所詮安い女を消費して、ただ永遠のように思える暇を潰すしか脳がない。死んだまま時が流れるのは俺も彼女も彼女の髪も一緒だな。ふと時計を見ると、この部屋に入って3時間が経とうとしている。「ごめん、もう少しで乾くから」彼女は申し訳なさそうに笑った。