蕚のフックについて考察します。
ヒプノシスマイクの楽曲
「蕚」
作詞 ESME MORI / basho
作曲 ESME MORI
フックについて考察します。
はじめに。
◆ o と u は置換してます(音が近い為)
◆ n はあまり気にしなくて良いようです(母音がない為)。
解説っぽいもの。
わかりやすいよう、細かめに「特に近い音に聴こえるところ」をマーキングしてみました。
解説っぽいもの。
「何となく近い音に聴こえるところ」もマーキングしてみました。
これを見ると、だいたい2つの韻の組み合わせでできている曲のようですね。
聴いた時に語呂がよく、スッキリと耳に入ってくる感じなのかな?
原稿用紙の中央にある記号を「魚尾(ぎょび)」というのだそうです。
これをガイドにすると、紙をきれいに二つ折りできるのだとか……。
「跨ぐ魚尾」
魚尾を跨ぐというのは(400字詰め原稿用紙を)200字書き終わったという意味なのでしょうか?
「佇む白日」
それならば白日に佇むというのは、あっという間にネタ切れで頓挫したのか……?
それとも何枚か書き終わって、その途中の200字ということであれば、ただの休憩なのかもしれない。
なぜかスキー場で流れてそうに思えて仕方のない曲なんですが……なぜなのか。
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