Uber の運転手(3)
(2018年 晩秋)
San Jose 空港から自宅へ向かう Uber の運転手がきいてきた。日本人ですね?アメリカに住んでいる中国人や韓国人の多くは John とか Michael とか西洋風の名前を持つ人が多いですよね、日本人は自分の国の名前に誇りがあるのでしょうね、母国の名前をそのまま名乗りますね、と続ける。もちろん、アメリカで生まれ育った日本人の中にも John や Michael はいるけど、東アジア出身以外のこの Uber の運転手にとっても 中国人や韓国人の名前と日本人の名前は音節も多く区別しやすいのだろう。
ところで、Limousine や Uber の運転手にはアフリカ出身の人も多いが、傾向として英語がうまくない。しかし、この運転手はアフリカ系の黒人に見えるが英語がかなりうまい。しかも、アメリカで生まれ育った黒人の英語のようでもない。「出身はどちらの国ですか?」と私は訊いた。エリトリアです、知ってますか?「いいえ、申し訳ないが知りません、どこにあるのですか?」アフリカです。エチオピアの隣です。独立したんです、エチオピアから。首都はアスマラです。昔、イタリアの植民地だったこともあってローマのような街並みなんです。とても美しい。イタリア語をしゃべる人がたくさんいます。英語もね。他のアフリカの地域はフランス語、それから英語だかです。イタリア語は珍しいでしょ?私は国を出てドバイでしばらく働いていました。しかしあの国はお金持ち以外は単なる労働力なんです、そこには絶対に越えられない境界があります。そして、アメリカにきたんです。ここの国はすばらしい。人間としてみてくれます。
彼の運転する車はプリウスだ。以前も LA で乗ったプリウスを運転する Uber の女性の話を書いたことがあるが、トヨタと Uber が連携して自分の車を持てない運転手にもトヨタがリースで車を貸し出して労働の機会を与えているのだ。多分、同じパターンだろう。彼は Uber の客からの評価もかなり高いようだ。話をきいてローマの街並みのような美しいアスマラの街にも行ってみたくなった、家に着いたら調べてみようと思います、私はそう言って車をおりた。
しかし、調べてみてわかったのはエリトリアはアフリカの北朝鮮ともいえる独裁国家だとか、男女年齢問わず徴兵、徴兵されて奉仕勤労で強制労働同然、つまり全国民奴隷のようなものだとか、国外のジャーナリストは入国禁止とか、ジャーナリスト保護協会も国境なき医師団もこの国を報道の自由のない国世界ワースト1に選ぶというひどい状況の国だった。確かにアスマラは世界遺産にも指定されている美しい街並みを誇るということだが、国連人権委員会の報告によると裁判を経由しない刑の執行や死者行方不明人多発で「この国で公正な裁判は不可能で、基本的人権を守れる状況ではない」などということで、観光気分で行けるような場所ではなかった。
運転手の彼は、多分エリトリアから亡命してドバイに渡り、それからアメリカにきたのかもしれない。時間があれば、そして事前知識があればそのあたりのことをきいてみたかったな、と思った。そして、この世界の中でももっとも生活費のかかるベイエリアでどうやってがんばっているのか... 大変であろう毎日を思った。よく外国からやってきてこの地に住み始めた人たちがやるように何人かの友人たちと一緒に住んでいるんだろうか、ルームシェアの物件なんてカリフォルニアでもあるのだろうか。Whole Foods で買い物したり 49ers の試合を Levis Stadium に見に行ったりはしないだろうし、休日にはゴルフに出かけたりスパでリラックスしたりするなんてこともないんだろうな。でも毎日を前向きに生きているこの青年が、このアメリカが自由で素晴らしいと思っていることに関しては、私よりもずっと強く確信を持っているようだった。
トランプ政権下では彼のような人たちはもうアメリカに入国できないんだろうか。
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