ゴルフボールが飛ぶ仕組み!回転と空気力学の秘密
この記事では、ディンプルの役割や、ボールの周りではどんなことが起こっているのかについて深堀りしながら、ゴルフボールの回転と空気力学・流体力学について解説しています。
空気力学や流体力学は、その名前から難しそうな学問だと敬遠されがちですが、ゴルファーが飛球に対する理解を深める程度の知識であれば、それほど難しくありません。(個人の感想)
参考にさせていただいたWebサイトは、全てリンクを貼ってありますので、さらに知識を深めたい方はぜひリンク先を訪問してみてください。
◆ゴルフボールにまつわる空気力学の歴史
[画像はWikiDataより]
・ゴルフの物理学のはじまり
ゴルフボールが飛ぶ仕組みを数学的に研究し始めた最初の人物は、エディンバラ大学出身のスコットランド人、数理物理学者、ピーター・ガスリー・テイトだと言われています。
19世紀中頃、ゴルフボールの飛行に関する研究が始まりましたが、当時は科学的なアプローチがほとんど行われていませんでした。そんな中、ピーターは、自身の愛するゴルフの物理学に興味を持ち、研究を始めます。
彼はボールの飛行を観察する中で、空気抵抗や重力だけでなく、回転するボールが空気力学的な揚力を生み出すことに気づきました。この揚力によって、ボールの飛行距離が大幅に伸びることを発見したのです。さらに、揚力がボールの回転速度や前進速度に応じて垂直方向の力を生み出し、場合によってはボールの重量に等しいか、それを超える力を発生させることにも気づきました。
これらの発見は、後に他の物理学者たちによって研究され、証明されることになりますが、当時のピーターにはその未来を知る術はありませんでした。
・ディンプルの誕生
1905年、イギリスの起業家ウィリアム・テーラーは、当時のプロゴルファーたちが傷ついたゴルフボールを好んで使用していることに疑問を抱き、研究を始めました。
その結果、彼はボール全体に等間隔で同じ形状の窪みを配置するアイデアを思いつきました。テーラーは、ディンプルがあることで、ボールがより遠くまで飛び、さらにコントロールしやすくなることを発見したのです。
これが、現在のディンプルボールの始まりとされています。
今日、私たちがゴルフボールを遠くまで飛ばし、ゴルフを楽しむことができるのも、このような先人たちの功績によるものです。人類を代表して感謝を伝えたいところです。
■参照
Aerodynamics of Sports Ballより
Taylor Hobsonより
◆ゴルフボールはバックスピンで飛んでいく
ゴルフクラブにはロフト角があるため、インパクト時にクラブヘッドはボールの下側を押し上げます。この動作によって、ボールはクラブフェイス面を駆け上がりながらフェイスから離れていきます。その際に、ボールに摩擦が生じ、バックスピンがかかる仕組みになっています。
◆ゴルフボールにかかる3つの力
空気中を飛んでいるボールには、主に次の3つの力が働いています。
【1】揚力
【2】重力
【3】抗力
①揚力
進行方向や回転軸に垂直に働く力です。上下に方向があり、この場合は上向きの力を指します。
②重力
地球の中心に向かって真下に働く力です。物理的には、W=mg [N] で表されます。
③抗力
進行方向と逆に働き、ボールを後方に引っ張る力です。
抗力はさらに2つの空気抵抗に分けられます。
・摩擦抗力(粘性抵抗)
流体(空気)と物体(ボール)の表面の間に生じる摩擦による空気抵抗です。
・圧力抗力(慣性抵抗)
流れの剥離によって生じる空気抵抗で、ボールの後方に渦ができることで発生します。
ゴルフボールの場合、圧力抵抗が摩擦抵抗よりも圧倒的に支配的です。そのため、この圧力抵抗をいかに減らし、全体の抗力を抑えるかが、ボールを遠くまで飛ばすための重要な要素となります。
◆揚力について
ゴルフクラブによって打ち出されたボールが、すぐに落下せず上昇しながら飛んでいくのは、揚力が作用しているからです。
上の画像では、ボールが右から左へ進むと同時に、空気は左から右へ流れています。バックスピンがかかったボールは、この空気の流れを受けながら飛行します。
ボールの上部では、回転方向と同じ方向に空気が流れるため、空気の流れが速くなります。一方、ボールの下部では、空気の流れが回転方向と逆になるため、空気の流れが遅くなります。
ここでベルヌーイの定理を考えてみると、空気の流れが速い部分では圧力が低く、遅い部分では圧力が高くなることがわかります。
• ボール上部:流れが速い=圧力が低い
• ボール下部:流れが遅い=圧力が高い
圧力が高い方から低い方へ力が働くため、ボールには下から上へ浮き上がる力、つまり【揚力】が生じます。この現象を「マグナス効果(Magnus effect)」と言います。
このマグナス効果は、ゴルフだけでなく、野球のピッチングやバッティング、テニスのショットなどでも見られる現象です。
◆層流と乱流
揚力の話は一旦置いておいて、ここからは空気の流れ、特に層流と乱流について説明します。
空気や水のように自由に形を変えながら流れるものは、一般的に【流体】と呼ばれます。流体には「層流(Laminar Flow)」と「乱流(Turbulent Flow)」という2つの状態があります。
例えば、水道の蛇口を少しひねると、水は静かに直線的に流れますが、大きくひねると水が渦を巻くように乱れた流れになります。滑らかな流線を持つこのような流れを「層流」と呼び、逆に複雑で不規則な流れを「乱流」と呼びます。
[画像: 流体解析の基礎講座 第8回 第3章 流れの基礎(5):3.2.4 層流と乱流より]
川の流れを思い浮かべると、岸に近いほど水の流れは遅く、川の中央に行くほど流れは速くなります。これは、空気や水などの流体には粘性があり、粘性流体は物体の表面に沿って流れる性質があるためです。
私たちが街中を歩いているときでも、私たちの周りの空気は乱れて乱流になっています。空気を押しのけ前方に進むと、体は空気にぶつかり後方では圧力が減少するため、体の前後で圧力差が生じます。しかし、空気は体にずっと張り付いているわけではなく、ぶつかった後は体から離れていき、乱流を形成します。
この現象を踏まえた上で、圧力抵抗について考えていきましょう。
◆圧力抗力の仕組み
ボールは空気流の中を回転しながら進むと、ボールの前面と後面に圧力の差が生じます。
ボールの前面、つまり空気流と最初にぶつかる部分では圧力が高くなり、後面では圧力が低くなります。力は圧力の大きい方から小さい方へ働くため、進行方向とは逆の後方に向かって引っ張る力、すなわち抗力が生じます。これが圧力抗力の基本的な仕組みです。
これについて詳しく見ていきましょう。
・よどみ点
ボールに空気流が衝突すると、前方には流れがせき止められ、速度が0となる点、つまり【よどみ点】が生じます。
よどみ点より後方のボール表面では、空気流は流体の粘性によりボール表面に沿い続けることができず、最終的にボールから剥離します。この剥離が、ボール後方に低圧力の領域を作り、抗力の主な原因となります。
(すべての流体、例えば空気や水には粘性があり、これが物質の表面に沿って流れるとき抵抗を生む理由です。ディンプルについては、後ほど詳しく説明します。)
・境界層
流体の粘性により、ボール表面に近い空気流はボールに引っ張られ、その速度が遅くなります。理論的には、ボール表面では摩擦の影響で空気の速度は0になると考えられます。
ボールに近い部分と遠い部分では空気の流れる速度が異なるため、空気の流れに層ができます。この、速度が遅い領域を【境界層】と呼びます。
境界層の外側の領域を【主流】と呼びます。
速度の遅い境界層の中でも、流速によって「層流境界層」と「乱流境界層」の2つに大きく分かれます。
上の画像の「流れのスピード」の矢印が異なる速さの層流であった場合、隣り合う層流の速さの差が大きくなるとエネルギー交換が起こり、層が混ざって乱流に変わることがあります。
このため、ボール周囲の境界層はボール後方に向かうにつれ、層流境界層から乱流境界層へと遷移していきます。
例えば、下の画像のようにボールが左へ進む場合、ボール前方では層流境界層が形成され、後方に進むにつれて乱流境界層へと変わることが分かります。
境界層は、ボールの後方に向かうにつれて厚くなり、あるポイント【剥離点】を過ぎるとボール表面に沿うことができなくなり、剥離が発生します。
この剥離点より後方では、逆流や渦を伴う低圧領域である【後流】が形成されます。
ボールの表面は平面ではなく曲面なので、空気流がボールに沿って後方に流れるほど、速度の遅い領域が広がり、流れの速度が遅くなり、圧力が高くなります。
ベルヌーイの定理により、流れが速くなると圧力が低くなり、流れが遅くなると圧力が高くなるという現象が起こります。
そのため、画像の空気は左から右に流れているものの、圧力の高い部分から低い部分へと力が働くため、圧力が右から左に力を加えていることになります。
例えば、下の画像では後頭部より後ろは圧力が高く後流が発生しているので、空気流は悟空から剥離します。「背面は後流が起きてっぞ!」
境界層は後方に向かうほど厚さが増しボールに沿うことができなくなり、最終的にボールから剥離します。この剥離により、ボールの後方には前方のよどみ点よりも圧力が低い領域が生じ、ボールはその結果として抵抗を受けることになります。
ボール周りの空気流の動きをまとめるとこんな流れです。
◆ディンプルの役割
ディンプルの主な役割は、人工的に乱流を生み出し、境界層内の層流境界層を早めに乱流境界層へと遷移させることです。
空気流が乱流境界層になると、ボールの表面に空気がより長く密着するため、ボール後方に形成される低圧力の領域が小さくなります。
この結果、ボールの前方と後方の圧力差が小さくなり、圧力抗力も減少します。つまり、ボールが後方に引っ張られる力が弱くなるため、ボールはより遠くまで飛ぶことができるのです。
・ディンプルの研究
ディンプルについて調べる中で、いくつかの論文を読みました。その中でも、東海大学紀要工学部の論文では、ディンプルには円錐、円弧、台形などさまざまな形状があり、抗力係数が最も低く、流速を維持できるのは円錐型のディンプルであると記載されていました。この論文は2008年のものです。
改めて考えてみると、ゴルフボールによってディンプルの形がさまざまであることに気づきました。中には、お花や花火のような形状のディンプルや、ドット状の小さなディンプルが混ざっているボールもあります。特に日本メーカーのボールには、工夫が施されていて驚かされます。
一般的には、抗力が小さく、揚力が大きくなるディンプルの形状や配置が飛距離を伸ばす要因になりそうですが、実際には、ボールのレイノルズ数やディンプルの深さ、パターン、回転数などによって揚力や抗力は変化することがわかっています。ゴルフボールの開発は、単純に見えて実は非常に複雑で、奥深い研究が必要とされていることがわかります。
◆ディンプルの有無を比べてみる
ここでは、ディンプルの有無による、空気流の剥離の違いを比べてみましょう。
・ツルツルボールの場合
ボール表面がツルツルだと、空気がボールの前方から後方へ流れる際、摩擦抵抗は少ないものの、層流境界層という整った流れのままで空気流の剥離が始まります。層流境界層では上下層がきれいに流れるため、エネルギー交換が起こらず、剥離が起こりやすくなります。
このため、ボールの後方には大きな渦が発生し、低圧の領域ができ、ボールを後方に引っ張る力が強くなります。この渦が大きいと、抗力が増し、ボールのスピードが落ちてしまいます。
・ディンプルがあるボールの場合
ディンプルがあると、空気の流れに乱れが生じやすくなり、層流境界層が乱流境界層へと早く遷移します。乱流境界層では、上下層が激しく混じり合うため、摩擦抵抗は増しますが、空気流がボールにより長く張り付き、剥離するポイントがツルツルのボールよりも後方になります。
その結果、ボール後方に生じる渦が小さくなり、ボールの前後の圧力差が少なくなるため、後方へ引っ張る圧力抗力も小さくなります。
ゴルフボールが飛ぶ速度域では、空気との摩擦による抗力よりも、圧力による抗力の方がはるかに大きいため、ディンプルの効果が非常に重要になります。ディンプルは摩擦抵抗を増やす一方で、乱流を誘発することで境界層の剥離を遅らせ、圧力抗力を低減する効果を発揮します。その結果、ボールの飛行距離が伸びるのです。
◆乱流の応用
ゴルフボールが遠くまで飛ぶのは、乱流様のおかげなのですが、乱流がいつも良い効果をもたらすわけではありません。
例えば、自動車の場合、車体の周りに乱流が発生すると空気抵抗が増えます。そのため、自動車メーカーは燃費を向上させるために、乱流を出来る限り抑え、空気抵抗の少ない車を開発しようとしています。
また、乱流は騒音の原因にもなるようです。新幹線の騒音は、車体周りの空気が乱流になることで生じる空力音だそうで、速度が速くなるほど顕著になるため、高速化の大きな障害になっているんだとか。
一方で、フクロウは乱流を巧みに利用して、飛行音を抑えています。一般的な鳥は、羽の上を流れる空気が乱流となり、羽ばたくとき大きな音を発生させます。しかし、フクロウの羽には静かに飛べるように棘のような小さな突起があり、境界層付近でわざと小さな乱れを発生させることで、空気の大きな乱れやそれに伴う圧力変動を抑制しています。
このフクロウの羽の構造は、航空機設計者たちにも注目されています。彼らは、フクロウの羽のアイデアを参考にして、将来的に層流翼の設計に応用することで、航空機の騒音を低減できると期待しているそうです。
フクロウって本当にハイスペックですね。
■参照
HEXAGON「パッと知りたい! 人と差がつく乱流と乱流モデル講座 第2回 2.1 乱流は邪魔もの? 2.2 乱流から受ける恩恵」
森岡 茂樹「② 暗夜でのフクロウの消音飛行」
おわりに
たまには、こんなゴルフにまつわる話もどうでしょうか?
ゴルフのスコアアップにつながる訳ではありませんが、ゴルフ仲間との話のネタにはなりそうです。
最後までお読みいただきありがとうございました。
※こちらは素人が勉強の延長で書いた記事です。適切でない解釈や表現がある場合は、コメントにてご指摘いただけますと大変ありがたいです。勉強になります!