犬を飼うまで知らなかったこと
犬を飼うまで知らなかったことが沢山ある。
たとえば尻尾を振らないことだ。
尻尾はうつくしく丸まっていて、機嫌によってぶんぶん左右されることなどない。
それから伸びをすることも知らなかった。
人間のように、寝起きはちゃんと伸びをする。前足と、後ろ足を伸ばす。
それから散歩が嫌いなことも、犬を飼うまで知らなかった。
いったい、犬というのは散歩を至上の喜びとするいきものだと思っていたが、散歩にはいきたくないらしい。それというのも、犬は犬と子どもと暑さと寒さと雨と地べたがきらいなのだ。いきたくないといったらいきたくないのだ。
それから外面がいいことにも驚いた。
あんなに散歩は嫌がって、道に大の字になって拒否するのに、トリマーさんやペットホテルのお姉さんが来るとどうだ、あの軽やかな足取りは。
1週間以上会えなくなるね、と声をかける間も無く、犬はさっさと去っていく。
それから虫が嫌いなことも、知らなかった。
ありも蚊もコバエもバッタもカミキリムシも恐怖である。
人間がそれらを退治するまで、じっと人間を見つめている。
それからおなかをなでると足が「カッカッ」となることも、初めて知った。
こしょこしょ。カッカッ。こしょこしょ。カッカッ。
それからわたしを甘やかすのが上手いことも、犬を飼うまで知らなかった。
わたしがいつまでもいじけていると、「やあれやれ、てまのかかるおねえさんですねえ」といわんばかりにため息をついて、わたしの頬を舐める。犬はほんとうによきいきものである。
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