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サイン

大型ロックフェスのバイトに参加した。地方で開催されるそれは、長閑な盆地を熱狂の渦の中心にする。

バイトが終わり、客として来ていた学生時代の後輩らと合流。うち1人は水面のような子ですごく静かなイメージだったが、渦に当てられたか、久しぶりに会えたからかは分からないが、見たことがないくらいハイだった。饒舌だった。

休憩の合間を縫って、幾つか演奏を見れてはいたがセットリストを全て楽しめたバンドは一つも無かった。最終日の深夜にようやっと好きなバンドをフルで見ることが出来て嬉しい。後輩と一緒に観れただけでも良いバイトだと思える。

熱に当てられる中、隣で号泣している後輩が目に映る。ここまで好きだとは思わなかった。好きな人間の感涙する場面に立ち会うことは中々ないので、すごく嬉しい。演奏後もずっと泣いている。声を掛けるのは野暮だ。

グッズを買ったりなどして余韻に浸っていると、メンバーの方々が遠くの方で写真を撮り合っていた。彼らにとっても良い日になったのだろう。普段そんなことを絶対しない彼女が、ハイになったままタイミングを見計らってサインをもらいに行っていた。心の底から良かったねと言えた。

喫煙所に行っても饒舌な後輩は、終始笑顔だった。
「こんな幸せな日ない」
「どのバンドよりも良かった」
「こんなに幸せでよいのか!」
としきりに言っている。興奮冷めやらぬといのはまさにこのことだろう。

一息つき、次のバンドの転換の合間に他愛のない会話をしながら待っていると、その後輩はサインをもらったCDをじっと見つめていた。本当にじっと見つめていた。遠くの方で激しいバンドが鳴り始めるが、ただじっとCDを見つめていた。

どんなことを経て、今日に望み、どれくらいの嬉しいのか、どれ程の糧になるのか分からない。

ただ忘れられない日になったであろう日に立ち会えたことを嬉しく思う。誰かにそんな日を与える人間になろうと決めた。

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