離人症らしきもの
僕は昔から、ある特定の条件下において、「パズルピースがずれたような感覚」になる時がある。これになんと名前をつけたら良いのかわからなくて、昔からこう呼んでいる。
この感覚に一番近いのは、『離人症』と呼ばれるものだと思う。
離人症は体から精神(心?)が乖離したような状態になることらしい。人によっては自分を俯瞰して見ている状態だったり、自分自身を遠くから眺めているような感覚になるという。僕はこれとは違うので、離人症ではないと思っていたのだが、よくよくもう一度調べてみると、他にも夢や霧の中にいるような感覚だったり、ガラスの壁やカーテンで自分と外の世界が隔てられているような感覚になることも含まれるようだ。「自分自身を遠くから眺めている」「自分を俯瞰して見ている」というのは、視覚的に自分が客観的に見えているということなのだと思っていたが、もしそうでなくて良いのだとしたら、僕は多分この離人症に該当する。
この「パズルピースがずれたような感覚」(以下:パズル感覚)は子供の頃と今まではちょっと様子が違う。
というよりも、なんと言えばいいのか、このパズル感覚は子供の頃だけであり、今起こる感覚は名状し難いので、あとで考えるとする。
子供の頃によく起こったパズル感覚は、空間認識がずれた、壊れた、というような感覚があった。
条件としては、下記の状況時に起こることがよくあった。
・下を向きながら歩いて、不意に顔を上げた時
・歩いていて前触れもなく突然
・親戚が家に来ていて、自室で着替えをしている時や、身体の話になった時
上二つの条件の時は、体はそこにあるのに、体の輪郭から精神がはみ出たような状態で歩いている感覚になる。体は勝手に動き、目的地に向かって歩みを進めるけれど、僕の脳みそは今どこにいるのか、どこに何があってどうやって行けばいいのか、が全くわからなくなってしまう。だのに、体はずんずんと進む……。細い一本の糸でぎりぎり体に繋がっている精神をふわふわ漂わせながら、僕の体は勝手に歩いて行く。非常に恐ろしいもので、暫くすると自分のはみ出た精神が体の枠に収まってくれる。
一番下の条件の時は、上のようにどこにいるかがわからなくなるというよりも、家にいるときに決まって使われている感覚アセット(?)が突然外れてしまい、どの感覚になればいいのかわからなくなるような感じがあった。そして決まって、「僕はこの家の人間じゃない」「どこかに別の親がいる」という気持ちになるのだ。
このパズル感覚は一人で歩いている時や、両親または親戚といる時でないと起こらないのだが、一度だけ学校で起こったことがある。小学生の春頃だったか、何か特別な大掃除のようなものが行われていた。みんなの机を後ろに下げて、各々箒を掃いたりなんかしている。僕は教室の前の方に置かれた一つの椅子に座って、その様子をぼんやら眺めていたら、突然ずれた。暖かな陽の光が(僕から見て)右の窓から差し込み、生暖かい心地の良い空気が部屋を包んでいた。
大人になってからパズル感覚になることは減ったが、代わりに近しい別のものになるようになってしまった。それは、あまり行かないちょっと遠い場所や、初めて行く場所で、夜の帳が下りた直後くらいになる。尚且つ知人と一緒にいる時になるみたいだ。子供の頃、夜になった遊園地で、世界が終わるような感覚(これもまた別の感覚だ)になっていた時と似ている。
そうなってしまうと、僕は頭の中でぶわーっといろんなことを考えてしまう。親が死んだ後のこととか。僕は多分一人で寂しく死ぬんだろうな、とか。
そんな感じだ。