サンゴ礁にくらす魚は誤情報に惑わされない件とその仕組について
WWW(ワールド・ワイド・ネットワーク)の誕生以降、私達は常時つながった世界に暮らしている。このつながりのネットワークはソーシャル・ネットワークに代表されるように、我々のつながりは様々な情報を人から人に返して伝播していく。しかし、このようなつながりの恩恵を受けているのは私達人間だけではない。分子の構造といったミクロな世界から、食物連鎖といった生命のバトンまでも、この「つながり」で形創られている。
このつながりは、厳しい自然界を生き抜く手段をも授けてくれる。サンゴ礁に暮らす魚類は互いの動きに反応することで外的から身を守る。まるで、スイミーのように集団で行動し、隣同士の魚の行動を観察することで、知覚できない距離に迫った捕食者をいち早く察知できる。周りの魚が逃げ始めたことに察知することができれば、即座に身を安全な場所に移動することができるからである。周りの魚の動きを自らの動作で伝えあうネットワークは、さながら広範囲な監視網である。
しかし、このようなネットワークつかった情報伝播は常にうまく働くのだろうか?危険が迫ったと思って反応しても、実際は違ったということは往々にしてあることだ。7.7分間毎にあるという「誤った情報」の伝播はどう防がれているのだろう?毎回誤情報のに反応していては常に動き回らなくてはならなくなり、逆に反応しなくなるとオオカミ少年のようになってしまう。
今回紹介する論文は、サンゴ礁に住む自然生物がもつ誤情報伝播を防ぐ仕組みを紹介してくれる。厳しい自然界で生き抜くかれらの持つ「意思決定メカニズム」は人間社会に暮らす私達人間に様々な示唆を与えてくれるに違いない。
この論文は、サンゴ礁に住む魚たち(mixed-species group)がどのように捕食者の出現を伝えあっているかを調べた論文である。ビデオカメラによって観測された魚たちの映像と数理モデルによるシュミレーションで綿密な議論がされている。先に書いた"7.7分間毎にあるという「誤った情報」の伝播"も彼らの観察による。
まず重要な点として、彼らのビデオを使った観察と先行研究によると魚たちの反応は視覚を介して行われているということがわかった。これはつまり、匂いや音などではなく、彼らは限られた範囲から得られる情報に頼っているということである。私達が直感的に感じるように魚たちは自分の目に入る仲間の反応をもとにして敵が現れたかどうか、逃げるべきかどうかを判断している様子である。さらに興味深いのは、先程にいった方に誤情報(敵が現れていないのに敵が現れたかのように逃げる反応をする魚)は定期的に現れるのに、それに追随するような魚があまり現れないことである。
つまり、この問題の本質的なポイントは、視覚という限られた感覚から入ってくる刺激(stimule)に対する反応(response)が、どう魚群内で伝わるのか(transmit)、なぜ誤情報の伝播があまり起こらないのかということである。
論文では「周りの動きをどのようにして受け取って反応するか」という意思決定の仕組みには、先行研究では2つの仮説があったとされている。1つ目は、周りの動きを集計(sum)する方法。2つ目が、周りの動きを平均(averaging)する方法である。しかし、このどちらも観察された魚の動きを再現することはできなかった。
更に興味深いのは、これらの仮説を検証する中で、視覚から入る刺激の強さは最大で10倍程度の開きがあることがわかった。魚群が密な場合と疎な場合で、入ってくる刺激の差が10倍ということである。このような、疎密の変化にうまく対応するには、入ってくる刺激の強さにうまく対応するような意思決定メカニズムが必要になる。
そこで、論文で考案されているのが、動的利得制御(Dynamic Gain Control)である。この、刺激の強さに応じて柔軟に対応する方法は、脊椎動物の網膜のように生物の器官でも見られる方法である。この仮説を基にして論文で考案されている数理モデルでは、過去に入ってきた刺激に応じて反応の閾値を変化させるような仕組みが取り入れられている。つまり、時点t-1までに入ってきた刺激を考慮して、時点tで受け取った刺激に反応し、意思決定$${D(t)}$$する仕組みである。当然、過去に受け取った刺激であればあるほど割り引かれて意思決定はされている(詳しくは論文p3とMethodsセクションを参照)。
$$
D(t) = D^{\star}+\mathbf{M}(t) \mathbf{w}[\gamma+m(t)]^{-1}
$$
このような、意思決定ルールを持った個人(個魚?)が集まったとき、情報の伝播はどのような様相を見せるのだろうか?このような、情報の伝播のメカニズムには大別して2つの仕組みがあることが知られている。1つ目は、自分の周囲の個体から入ってくる刺激に対して、個別にある確率で「反応するかしないか」が決まる方法。2つ目は、自分の周囲の個体のの何割が刺激を送ってくるか割合で決めるというものである。シミュレーションの結果としては、2つ目の伝播の仕組みが観察された現象をうまく再現しているということがわかった。
つまり、魚は個別には入ってくる刺激の強さを調整して意思決定(ミクロ)し、それによって作られる(マクロな)情報伝播のパターンは周囲の個体の何割が刺激を送ってくるかによって決まっているということがわかった。これが、サンゴ礁に住む魚群がもつ誤情報の伝播を防ぐメカニズムだったのだ。
人間社会に言い換えると、入ってきた情報に反応するかどうかは、情報を送ってきた回数で決まるわけでも刺激の強さで決まるわけでもない。自分に情報を送ってこれられる(隣人)の何割がその情報を送ってきているのかということである。フェイクニュースにいいかえれば、あるニュースについて反応する人が友達に何人いるかではなく、友達の内の何割が反応しているかということである。つまり、10人の知人が反応していたとしても、あなたに知人が1000人いれば、1%程度の刺激という取るに足らない刺激ということになる。
この論文が興味深いは、現実に観察される誤情報に堅固な魚群のマクロな振る舞いをミクロな各魚の意思決定ルールから再現したことだろう。私達は、自分たちの網膜がそうであるように、情報の刺激の強さに柔軟に対応するような意思決定を身につけるべきかもしれない。