綺麗な男 (短編小説)
いた。
今日もいつもの場所で同じ時間、あの人の姿を見つける。
駅前の大通りから100メートル程離れた路地裏に抜ける道の入口に、黒のスーツにネクタイを軽く緩めた黒髪の男が気だるげに立っている。
それだけで絵になるような綺麗な顔をした男。
年齢は20代半ばくらいで、モデルのような長身と長い手足。
名前はルウ。
仲間と思われる人からそう呼ばれるのを何回か聞いた。
あと分かってることは仲間以外の人とは話さない事。
容姿に自信のある女性たちが何人かルウという男に話しかけてるのを見たことがあるが、全て無視。
目も合わさず、女の人の存在を認識してるのかさえ怪しい。
ルウが女の人と話してるのを見たことがあるのはただ1人。
着物を着た40代くらいの綺麗な女の人。
特に取り柄のない私は高校を卒業した後、工場の事務に就職した。
20歳になり職場に近いこの土地で1人暮らしを始めて数ヶ月。
この大通りを抜けた先に私が住んでるコーポがある。
ルウを初めて見たのも私がここに引っ越してすぐのことだった。
ジメジメした梅雨が明け、夏本番の時期。
18時を過ぎても気温が下がることはなく、気温も30度を超える日が出てきて、立ってるだけでも汗が出てくるのに、ルウは今と同じ格好で涼しい顔で立っていた。
日陰に立っているとはいえ暑いだろうに、ルウは汗をダラダラかくこともなく、なんならその場所が少しヒンヤリした空気が漂ってる感じさえした。
いや、ルウの纏う雰囲気がそんな風に見せているのかもしれなかった。
あまりにもジッと見すぎたせいか、バチっと目が合った。
すぐに逸らされるだろうと思っていたが、ルウは真っすぐ切れ長の黒い瞳でジッと私を見ていた。
私は金縛りにあったかのようにルウから目を離せなかった。
綺麗すぎる顔だから目が離せなかったのもあるが、なぜか目を逸らしちゃいけない気がしたのだ。
私たちはどれくらい見つめ合っていたのか。
数秒か数十秒か。
こめかみから頬へと一筋の汗が流れ落ちた頃、ルウは見るのを飽きたのか、ふっと視線が私から逸れた。
そこでようやく私も金縛りが解けたように、我に返った。
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