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優しい風に撫でられるように
それに出会えるのは決まって夜だった。
夜の優しい風は、私の頬を撫でた。
その風は、心に留まっていた不快感を
盗み去るように私の隣を通り抜け
あっという間に、どこかへ消えていった。
常に後ろから何かに追われるように、
目の前のあと少し届かぬ目標を
掴み損ねて走るように、
緊迫感と圧迫感に足を動かされる日々を、
忙しいという言葉で片付けていた。
24時間のうち大半を、同じ場所で過ごす私には
不満・疲弊・事象に対する嫌悪感が蓄積していた。
今日も生き抜いた。
と一息つくと、
扉の向こうにはいつもそれはいた。
夏が過ぎ、秋の夜長と冬の訪れを感じさせる。
暖かくて、優しく、儚いのに強く芯がある、
それなのに決して目にはみえない、触れられない
優しい風が私を包み込んだ。
それは、1日で私が集め、
溜め込んだ様々な邪悪な感情を、
そっと盗みさってくれた。
言葉をかけるでもなく、そっと隣を通り過ぎて、
私を存在を肯定して、愛してくれるような、
そんな美しさと強さを持っていた。
この風を感じられるとまた明日も頑張ろう、
頑張ってみる人生も悪くないとそう思えた。
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私たちは、様々な可能性を、諦めや不安、
自身の喪失、他人からの根拠のない否定で、
大切なものをどこかに置いてきて忘れてしまう。
本来人間には、どこまでも行けるような、
どんなものにでもなれるような
そんな力があると思う。
それを思い出させてくれた夜の優しい風には、
名前がない。
私だけが感じられた風を、
肯定してもらえた幸福な感情を
私なりの言葉で表すことで、
この世界に残したかった。
感謝と私ができる最大限の表現方法で
形として作り出したいと思った。
そんな思いでこの文章を書いた。
これを読んでくれた誰かの隣にも
この風が訪れた時、
きっと存在に気がついて
優しい気持ちになれるはず。
あなたにもこの優しい風が訪れますように。
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