お絵かき星団のきづきと祝福
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十四世紀、僕らお絵かき星団がイタリアに滞在していた頃の話だけれど、その頃の僕らといえば揃いも揃って顔がやつれていた。
その頃のイタリアには、もう今じゃ考えられないけれど、自らのハートを守りなさい、という共通の教えがあって…それがそろりと、絵を描く僕らの腕を凝り固めていたようだった。
お絵かき星団は、もとより団体。それも、寝て起きては遊びに出かけようとする性格の仲間たちで、ママに叱られてパパに笑われては伸び伸びしてた。どでかいゾウの背中でいっぱいの絵を描いた。
だから、震える筆で滲みはじめた自分の線が、僕らは初めて怖かったんだ。息を吸っても吐けない時代が、僕らの乗ってたゾウの超スピードに追いついていたんだね。
僕らはそれに気づかないふりをして、国に差し込む木漏れ日を必死に集めては描いたけど、僕らはその寄せ集めたわずかで描かれた絵のことを、うまく愛することができなかった。
思い出して。
360度、見渡す限りの青空にときめくあのひかりに、とぷり浸って描いた日々を。
もう一枚だけ、描きたい。大好きな絵を。
僕らは胸に手を当てる。ひどく波打っちゃったハートだ。深呼吸のあと、僕らは思い切って、こころの中でこう言った。
「きみが絶えずこうして鼓動を刻んできたから、体はまわり、手は動く。そうしてこの手が動くから、きみの鼓動は感情豊かになってゆく。
2つがあってこその世界だ…そうだよね?
それなのに、僕がきみを守るという立場は、なんだか変なんだ。ハートを守れって、たぶん、違うんだ。だって、こんな、きみがこんなに微かになったんじゃ、僕は動かないから…」
僕らは次の鼓動が鳴るのも待たず、胸に手を突っ込んだ。わがままかな、でも僕に守れないものは、僕に守られたがってはいないんだよ。たちまち僕らは胸の中からハートを抜き取ってしまって、そしてぽっかり宙に投げ合った。
僕らのハートは地球に降り立つシンバルの如く激しくぶつかった。それが一度きり、柔らかな地震となって僕らの意識をなでた。
待ち望んだほうよう。海の藻。
ハートを手放した胸をなぞった。そこには南の大陸に行った時にみんなで転げ回ってはしゃいだ時の、あの巨大な陥没穴にも負けないくらいの大きな穴が空いていたけれど、僕らはそれでも余震に体を揺らして踊ったよ。
なんだ、僕らは生きていられたんだね、ハートが遊びに出かけていたって。
散ったハートは霧になって、頬に触れては去っていった。僕らにはもう、どれが自分の胸に入っていたハートだったか、見分けがつかない。
僕らは仲間のハートの色やかたちを見た。それは初めてで、そしてそれきりのことだったけれど、お絵かき星団の思い出のなかの、満点。僕らに鮮明な夢を描いていった。
この国に落ちた重たい分針は、その日秒針となって動き出きだした。僕はその音に確かな祝福を感じたよ。ゾウのアクセルを押し込む懐かしい音も合わさって、いい音楽だった。
そして僕らは振り返る。置いてきた筆にもう一度目を向けた。だけれど、力強い線を引くのにも、色を練るにも、すでに僕らの腕はいらなくなっていた。
光の中で、筆はもう動きだしていたから。
色やかたちに悩んで止まれば、僕は宙に浮かんだみんなのハートを思い出し、そして僕はそれらの造形をなるべく鮮明に思い出し…そしてたとえば噛んだ時の硬さや、この先何色に変わるかどうか、手触りの引っかかりかたは砂と岩のどちらに近いか、水色と桃色どちらが似合うか、味は何歳くらいのときの僕の肌の味と似ていたか、朝との共通点は何か…
僕は僕らのハートの造形を限りなく思い出し、想像できることを全て想像し、なるべくそのまま筆に伝えた。
そして描き続けた。
お絵かき星団はあの日からずいぶん長い時間を越えた。もうすぐ二十二世紀だ。僕らは今日も、それぞれの絵をそれぞれの方法で磨いてる。
眼を閉じる午後には、馴染みの顔ぶれが瞼の中の広いところで揺れる。何度開けたんだっけ、僕らの展覧会。指を折り折り数かぞえ。
海の運動、星の天秤、満月と新月。
進む時間のつじつまがずれてしまう深夜は時々やってきて、僕らを静かに僕にする。
そんなとき、僕はかならずイタリアへ出かけるよ。そしてハートをまた外へと吹いては美味しい酒をのみにいく。熱と香りが僕の胸にしっかり親指でイイネを押してくれるから、僕はまた思い出す。
帰りのひこうきでは、僕はまた僕らに溶けて、小さな良い絵を何枚も、何枚も何枚も描ける。
小さくても、大好きな絵。
ママの声を忘れても、パパの笑顔を忘れても、ゾウが滅んでしまっても、日々がこうして僕らを続けた。
大丈夫、
あの日のこと、僕らはいつでも思い出せるよ。
大事なことはいつでも街に生きているし、耳をすませば鼓膜に今日の息吹を吹き込んでくるから。だいたい世界はお人好しだよ。
だから今日も、このまま進もう。色とかたちに迷って泣けたら、僕らはまたあの陽気な国で落ち合うの。
僕らはきっと解散しないね。
the Drawing Star Cluste
2024の私とあなたから