ファイナンスを知る(中編)

の続きです。

うどん: 100億と1,000億の違いを知る

次、うどん屋。3年いて、ざっくり前半がM&Aのディール実行、後半がPMIでした。特に後半のPMIでは、割と、絶望的ではないが赤字の会社2社をどう立て直していくかに取り組んでいました。

外食のPLはとてもわかりやすい

外食はPLがとてもわかりやすいです。店舗ベースで言えばざっくり3割が食材原価(Food)、3割が人件費(Labor)、1割が家賃(Rent)、その他1割、そこに本部費用が載ってきます。仕上がりの店舗利益10%、という具合。主要コストの頭文字をとってFLRはどう、みたいな議論をすることが多いです。コストサイド同様、売上も客単価x客数でイメージがしやすいです。

例えば、1店舗だとうどん+天ぷら(1個)で500円、1日600人くると500x600=30万、1カ月で900万の売上、年間でざっくり1億円。利益率10%であれば1つのうどん屋の店舗というハコから毎年1,000万円のキャッシュ*が生まれるという計算ができます。それが1,000店舗あると売上1,000億円、100億円のキャッシュが生まれます(小麦すさまじい)

*厳密には(営業)利益率の前に引かれてる減価償却費分はキャッシュが出ていかないのでもう少しキャッシュは生まれます

100億円と1,000億円の違いの肌感がない

コンサルで数多のモデルを作ってきましたが、ゼロの桁を1つ間違えて気づいてなかったことが何度かありました(もちろんクライアントに出す前までには直してます)。正直当時は100億と1,000億のサイズ感の差分を肌感として理解しておらず、モデルの数字を見て上司に「おい 1,000億のわけないだろう」と言われても、数式や前提が違ったんだろうなと思いつつ、はじき出された数字が100億なのか1,000億なのかについては、「はぁ..」という感じでした。

その後事業会社に入り、事業に取り組む中で肌感がついてきました。うどん屋であれば100店舗で100億円は達成できても1,000億円は無理です(世界No.1の売上のハワイ店の集積なら数倍にはなれど、10倍は無理)。なので、モデルというか事業計画を作った際に1,000億みたいな数字が出てくれば、おかしいなということがすぐ見えます。ただそれは、コンサルにいて種々のモデルを作っていた際にはそれがわからなかった。スプレッドシート上の計算の数式や各変数の確からしさはなんとなくわかりますが、出来上がりの数字の肌感がないのです。

傾いている会社のコスト改善のコンサル案件を数千万(or 億)で請負い、日中はコスト削減費目を数万円単位で洗い出しつつ、夜はその案件フィーまたは追加請求でタクシー乗り回したり夕飯の領収書切ったりしているファンタジーワールドではよくつかめない感覚だろうなと思います。

売上って大事

例えば、自分が働いている会社の昨年の全社売上はわかりますか?利益率はどうでしょう?1番の競合よりどれくらい多い/少ないでしょうか。

大きい会社にいると全体の数値が見えていなかったり、スタートアップでも売上の絶対値よりもユーザ数やGMVといった別の指標を見ることがあるので、売上に注意を向ける機会が意外と少ないかもしれません。ただ、成長への投資の原資や自分の給与の源泉は 基本的には売上 - 費用の差分になります。スタートアップの場合はEquityで資金調達をしているケースが多いので、実際には足元の売上と費用の差分から自分の給与が払われているわけではないですが、それも将来生むであろうキャッシュ(=売上-費用)への期待値を前借りしてお金を引っ張ってきているので、時間軸の差分はあれど売上を上げることが重要であることには変わりません。

現在小売企業と仕事をしていますが、自社の売上もさることながら、GMVと呼ばれる、取引先の小売企業の持つ(該当事業分野の)売上を参考指標とすることが多いです。なので、GMVという数値で見ると結構大きな数字に見えたりしますが、それに対して自社の売上を見ると、相対的にはかなり絶対値として小さい。スーパーは中規模くらいのお店でも1店舗で年商20-30億円くらいある一方、ソフトウェアのスタートアップにおいて全社でその1店舗分の売上を上げることは簡単なことではないと思います。もちろん費用・収益構造が違うので一概に売上が低いからどうこう、という話ではありませんが、日々ウェイウェイとしつつ、wait, 冷静になるとそれくらいの数字感なんだなという感覚を持っておくことは健全だと思います。

スピード感と健全なコスト意識

では、事業に関わる者として、100億円と1,000億円の違い(100万と1,000万でもよい)の肌感をつけるメリットはなんでしょうか。

私は3つあると考えます。

1つ目は、冒頭のモデルのような例ですが、将来の見立てを立てる際に現実離れした想定をしてしまうことを避けられます。前編で書いたようにモデルは1つの変数で大きく数字が動きますが、出来上がりの数字に対して正しいツッコミが入れられます。

2つ目は、判断のスピードが上がること。価格や条件交渉は、口頭でされることが多いと思います。M&Aの交渉でも、営業での価格交渉でも、当然持ち帰って検討もありますが、咄嗟の打ち返しで決まることは結構あります。その際に、スピード感を持って、自社(or自身)の利益を最大化させるにはどうしたらよいかを考えるには、数字が当該事業の中でもつ意味が腹落ちしている必要があるでしょう。

3つ目は、健全なコスト意識です。大企業とスタートアップでは、金額の桁が3つも4つも違うことも珍しくないでしょう。100億円と1,000億円の差分だとなかなか感じにくいですが、例えば100万と1,000万の違いまで落ちてくると、自分にとってイメージしやすい給与(≒人件費)との対比もできるようになってきます。自分が足元関わっている事業ないし案件から生み出される売上は、費用も勘案すると本当にインパクトがあるのか。オシャレなオフィスや高級椅子は本当に目の前の事業から(将来含め)生み出されるキャッシュに見合うのか、等々。

スタートアップの強みは将来の夢を描くことで足元赤字を掘ることができることです。ですが、一言に赤字と言ってもその濃淡は様々です。そうした問いを持ちながら事業に向かっている組織は強いだろうなと思います。Amazonやエムスリーは、企業体として大きくなりつつも、その辺りが徹底している印象があります。

まずは自社の売上から

数字の肌感をつけるには、自分がよく知っているものから数字の感度をつけるのが一番近道だと思います。外食、かつ単品(うどん)は上記のように数字のイメージをつけやすかったなと思います。ただ、何に関わっているにせよ、自分が足元関わっている製品やサービスによる売上は見れるはずだし、それが事業単位であれば全社単位であれ、自分が肌感があるものの売上の絶対値がこれくらい、としてそれを基軸に他の会社であったり事業を見ることで、数字がもっと意味を持って現れてくると思います。

追伸

「これ言うの3回目ですが、お箸は隙間なく補充してくださいね」終始穏やかな口調を崩さず、但し冷たさを伴うベテランのパートのMさんの声を思い出す。中途入社の人が皆通る店舗での研修(2週間)、飲食バイトの経験もなかった自分はお世辞にも仕事ができるとは言えなかった。時間帯リーダーのKさんからは「いいからおぼん拭いてこい!」と叫ばれていた私は、そんな猛者たちが捌くピークタイム(11時半-13時半)に無力であった。1日に数百杯を売上、売上は数十万円。1日の終わりにはクタクタになりベッドにdeep dive。

かたや私の担当の米国への航空券は往復で20万円前後。あの、猛者x激務の積み上げで私は飛行機に乗っていた。利益で考えると、300円のうどんの1杯あたりの利益が10%=30円であれば、6,667杯分。6,667杯分の価値をこの出張で出せるているのか?ということを、毎度考えて
はいなかったけど折に触れて考えていた。

(後編へつづく)


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