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【田舎暮らしin青森】大人の自由研究

仙台の新卒デザイナーの就職難っぷりにキレて東京に働きに出て15年、その後青森県に移住。結構電撃的に住環境を変えている自覚があります。現在は階上町にていわゆる田舎暮らしを満喫しています。

 さて、これら変遷の原動力はなんだったのでしょう。思い返せば、時は小学生時代に戻ります。出身は宮城県は仙台市のベッドタウンの小さな町。商業娯楽施設は仙台市側に集中し、住宅ばかり立ち並び、住所的には完全に田舎だけど、青森で言う「団地」がひしめき楽しめる部分は特にない、と思っていました。

 一応弁解させていただきますが、大人になれば地元の良さが分かったり、車などの移動手段ができればもっといろんな体験ができたであろうことも理解しています。いかんせん徒歩か自転車ぐらいしか移動手段がない、ポケットには小銭しかもっていないガキンチョだったのでございます。

 小学生になると社会科の授業がありました。当時の教科書には中学年ぐらいになると「地域とのかかわり」のような授業が出てきました。特に興味を引いたのは「商店街を調べる」。やおやさん、魚屋さん、金物屋さんなど、軒を連ねる店を調べ、地図に書きこんでいくというもの。完全に冒険カリキュラムではありませんか。専門のお店で専門のものが売っている、というのもワクワクしました。
 ないんですよね、商店街。商店街っぽいものはあるんですけれど、駄菓子屋さんと生活雑貨を総合的に扱う個人店が軒を連ねているのが最大商業地域でした。いや、実際には隣でもなく、数区間開いてました。教科書は都会のことばっかり載っててなんなんだずるい。

 次に理科の授業。生き物を育てる授業が始まってきます。たしか小学生の時はメダカの卵を孵化させました。教科書にも載っていたし、教科書通りに観察もできました。中学生になるとニワトリの孵化実験のことが載っています。
 なぜかニワトリは孵化させてもらえませんでした。孵化器すら見たことがありません。なんで教科書には載ってるのに設備がないの。私はニワトリが生まれてコッコ言ってるのが見たいんだ。

 これらですね、原動力。まず商店街。氷河期の折、東京に就職してどさくさで各所商店街を満喫。ところがお店というのはお金がないとまったく楽しめないものでして。薄給だったこともあり、買えないものだらけで買い物に興味がなくなった時点で商店街のくすぶりは解消。次にニワトリ。やりましたね。去年。結構最近。Twitterのフォロワーさんにそそのかされ、最初はそんなことしない、なんて顔の前で手を振っていたんですが、興味本位で某ネット通販サイトを検索したが最後。届いてました、孵化器。なんということでしょう、地元で有精卵も手に入りました。字数も少なくなってきたので実験内容は省略しますが、雄鶏と雌鶏一羽ずつ生まれました。大人になるとやりたかった自由研究できちゃうんだ、と感動しています。それもこれも環境が許せば、なのですが、自然豊かな階上町に居を構えたところ、整ってしまったのです、環境。

大人の自由研究と相性がよすぎるんですよね、この町は。


以上は書いたはいいものの気に入らなかったのでお蔵入りしたデーリー東北新聞社「ふみづくえ」用ボツテキストです。いや公開したからお蔵入りではないのか? 


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