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無題

靴の音、605号室、足音がドアの前でも鳴り止む。
……、ガチャ、バタン。
ノックが3回、開いたドアから伸びた白い肌から血管が浮き出て、逞しい腕に引っ張られる。そのまま壁ドンされるのも、いつもの事。お互いに愛を確かめ合うような、そんな甘い行為なんて存在しない。…なぜなら俺たちは恋人関係じゃないから。

「久しぶり、なんか、痩せた?」

この男は、いわゆるセフレ。少し傷んでいるグレージュの髪をかきあげニヒルに笑い、俺の唇を自身の唇で寒ぎながらおれの服を丁寧に脱がしていく。露になった俺の両腕を自分の左手で拘束した彼は舐めまわすように俺を見る。

「もう知らないよ、後先なんか。」

初めて下の名前で呼ばれた心地良さ。馬鹿みたいに輝る心、火照る全身。

『…初めから破従してたんだよ。』

俺を見つめる憧が、揺らりぐらりと哀色に染まっていく。恋心を抱いてしまった時点で終わりなんだ。糸よりもろいガムテープで継ぎ接ぎしたこの関係は命懸けで。何をそんなに恐れているのか分からない。確かにしてしまうのが怖かった。お前の瞳に映る俺があまりにも女々しく見えて、吐き気まで感じてきた。何にも縛られていないお前が好きなのにそれに手を出してしまいそうになる自分が愚かで、卑伝で。喉につっかかる言葉の数々が胸をきゅうっと締め付ける。苦しい、息が、出来ない。あまりに優しく触れるからきっと女の代わりなのだと思っていた。同じように丁寧に触れてきた異性がきっといたのだろう。やたら甘く触れ、受け入れる場所ではないせいで濡れない体を長ったらしく解かしてやっと、それでもゆっくり暴かれるのはもう両手の指には数え切れなくやった頃合い。すきだとかかわいいとか、リップサービスに、その場では浮かれていても出し切ってすっきした朝には抜け落ちた熱が心臓の奥を重く冷やす。それでもやっぱり、抱きしめられている時は嬉しくて、繋がっている間は信じたくて、浅ましく嫌になる。目が覚めた時には何も考えられないくらいボロボロになっていたらいいのにそんな日はないから、気持ちいいことだけを与えられて清々しい朝に俺は温かいベッドから抜け出して部屋に戻る。1度寝過ごして彼の隣で起きた朝は最悪だった。閉じ込められた腕枕とか、甘いカフェオレとか、撫でられた髪とか、二度とセックス以外で女の子扱いされてたまるか。

『俺も、好きだよ。きっと。』

鳴呼、簡単じゃないか。溢れ出した愛は簡単には誤魔化すことが出来なくて、湿度が帯びる互いの熱視線。弱々しく、重ねた辱同士はなんだか温かった。


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