「どこにだっていけるきがする」


僕を目の前にして彼女はにっこりと微笑んだ。太陽か月かというと、どちらでもなくまるで人間。まるで人間のような彼女は、この世界の人間以外の生物たちすべてに優しい。大好きな彼女の、大嫌いな部分。楽しいから涙を流すような、そんな僕を見て楽しんでいる彼女を連れて行ってあげたいと思った。

「そうだなあ、夏が来たらね」

いつもそんなことばっかりで、はぐらかされてばかりの僕は痺れを切らしたようにぷちんと消えた。彼女はいつまでもそこにいて、いつまでも一点を見ていた。太陽は沈まない。夜なんて来ない。時折足元の小石を蹴っては、馬鹿、と呟いた。誰に言ってるのかわからないけど、相手が僕だったらいいなと思った。

しゅわしゅわと降り注ぐ光の筋は目に見えて綺麗だ。僕に死ねと言っているようなそれに、嫌悪を覚えることはあっても、それでも彼女はにこにこしていた。こんなに笑う子じゃなかった。薄暗い公園の隅でいつも一人で静かに本を読んでいて、ページをめくる手がすこぶる遅い。文字を追っているかさえわからないその様子が、とても奇妙で、最初は幽霊かと思った。短いスカートから伸びた白い足は陶器を思わせて、でもその白い足には青い模様がたくさんあった。初めて声をかけた時、僕はとても緊張していた。当たり前だ、知らない人に声をかける男なんて不審者じゃないか。でも声をかけられずにはいられなかった。なんて言ったかは忘れてしまったけど、僕の言葉に彼女は静かに笑う真似をした。何度か会いに行ったが、結局彼女のことはなにもわからなかった。いつも僕ばかり話をしていて、学校であったこと、妹に毎日暴言を吐かれていること、家で育てているゴーヤのこと。彼女は静かに笑っていたが、多分どれも笑う真似だったと思う。下手くそな相槌に、僕の話が面白くないのかと不安になったけどとにかく彼女と一緒に居られることが嬉しかった。青い模様は日に日に増えて、ある日僕のポケットから誤って飛び出した煙草の箱を見て彼女はぱっと顔を輝かせた。僕はまだ中学生なので、他の人には秘密ね、と言ったけど、彼女はくすくすと笑うだけだった。持ってない煙草を吸うフリをする彼女が可愛かった。彼女から吐き出される息の中で生きられたら、と思った。見えない煙は真ん丸になって、シャボン玉みたいにふわふわとあがったりさがったりしながらゆっくり空へとあがっていった。煙は消える。でも、それが惜しくて焦りながらポケットから出したライターで煙草に火をつけて長い長い息を吐いて煙をそこら中に撒いた。有難う、と聞こえた気がしたけど、聞こえないフリをした。

見ると、机の上には大きくなったゴーヤがたくさん積まれていた。彼女にお裾分けしたいところだけど彼女の家は知らないし公園に持っていったところで嫌いだったらどうしようと思ってやめた。とにかく報告だけでもしようといつもの公園に向かった。走って、走って、喉が千切れそうだった。公園に着くと彼女は既にいて、いつも読んでいるのかわからない本は彼女の隣に置かれていた。俯いていた彼女の側に恐る恐る近づく。ぎょっとして、一歩退いてしまったかもしれない。大粒の涙で頬を濡らした彼女は、僕が来たことに気づいていつもの笑う真似をした。ゆっくりと隣に座るけど、彼女はなにも言わなかった。確かに泣いてるはずなのに、嗚咽のようなものは聞こえなかった。青い模様は足だけでなく腕にも首の後ろにもあった。なにを言えばいいかわからなかった。でもなにを言っても悲しませてしまう気がした。僕はジャングルジムのてっぺんまで急いで登って、みてみて、と視線を促した。彼女は僕の方を見てはくれなかったけど、そんなことはどうでもよかった。背が高いことで有名なそのジャングルジムのてっぺんから、僕は勢いよく飛び降りた。うまく着地できなくて体が痣だらけになった。肘についた砂が、気持ち悪かった。もう一度てっぺんまで登る。それから勢いよく飛び降りる。何度か飛び降りたところで、僕の記憶は止まっている。飛び降りる最中、見えた彼女の顔は、笑っていた。

相変わらず彼女はニコニコと僕の隣にいた。一回消えたにも関わらず、もう一度出てきた時には僕の方を向いた彼女がにっこりと微笑んだ。

「付き添ってくれない」

ぼそぼそと近くにいる彼女に聞こえるか聞こえないかくらいの声でそういった。あんなに下手だった笑う真似が上手くなったのか、それとも本当に笑っているのか、僕にはわからない。それでも目を細めている彼女は勿論、といった。

どこにだっていけるきがする。




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