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またね幻

 夕方の空はオレンジ色。そんなこと誰が決めたんだろう。あの頃のわたしは、オレンジ色に縋っていた。あつくてなにもかもを壊してしまいそうな、そんなオレンジ色。だって、世界が滅亡する瞬間はぜったいに夕方だから。世界が滅亡してわたしがしあわせになるのはぜったいに夕方だから。だから毎日の夕方の空がオレンジ色であることにとても安心していた。
 ノストラダムスはもういない。予言なんてたくさんあるけど、道端の占い師はきょうも暇そうだけど、わたしには鈴幸くんがいるから、なにもなくても鈴幸くんはいつもわたしの隣の席に座っているから、それ以上に世界滅亡の可能性を高めるものなんてひとつもなかったのよ。そうだよね、鈴幸くん。

 カラカラと音を立てて、落ちている小石やゴミを踏んづけた。踏んづけたといっても、それはわたしの足によるものではない。ふたつのまるいわっかに手をかけて前にまわす。またカラカラと音が立つ。わっかはいつも重たいけれど、それがわたしの重さなんだからしょうがない。隣にいるはずの鈴幸くんはわたしが前に進むことの手助けなんてしてくれなかった。

「ねえ、今日も空はオレンジ色ね」
「そうかな」
「そうよ、だってこんなにあついわ。目が痛くなるくらい」
「そうかな」

 風の強い屋上、鈴幸くんは小さな声で、でもわたしの問いかけにはなんでも答えてくれた。あいかわらず、曖昧だけれど。
 夕方の空はオレンジ色。そんなことだれが決めたんだろう。今は夕方で、今日も空はもえるようなオレンジ色をしている。わたしにはみえないけれど、きっとそう。だって毎日毎日世界は滅亡にむかっているんだから。

「鈴幸くんは世界が滅亡しちゃう前にしたいことはある?」
「うーん」
「わたしはね、その瞬間がみたいの。この世界に望むものなんてないから、はやく次の世界をみたいの」
「ふーん」

 わたしの隣に鈴幸くんがいる。しあわせなんてものは、そんなおおきなかたちはもってないのかもしれない。ちいさくて、よそ見をするとみえなくなっちゃうような。だからわたしにはみえない。みえないから、わたしでもみえるようなおおきなしあわせを探してしまう。これまでに、みつけたことはない。でもきっと世界が滅亡すればそれをみつけられると思う。だからそれまでは、わたしはしあわせじゃないししあわせじゃなくてもいい。きっとすぐに世界は滅亡するから。

「僕は、世界が滅亡するならその前に君をころしたい」
「え?」

 小さな声と、不意打ちのせいでよく聞こえなかった。ここは風が強い。でもたしかに聞こえたのは、鈴幸くんの声じゃなくて、後頭部でガチャリと重く響いた音と、それから、そこにあたるなにか。わたしにはみえないけれど。

「君だけしあわせになるなんて卑怯だと僕は思うんだ」
「鈴幸くん?」
「でもこれは、」

 先程のなにかが、ぐっと頭に押し付けられる。なにかはわからないけど固くて、押し付けられた部分がすこし痛い。

「これは拳銃だけど、もしかしたら偽物かもしれない」
「け、拳銃?」
「そうだとしたら君のことはころせないし、僕は法律違反で捕まってしまう」

 みえない鈴幸くんの声が聞こえる。みえないけれど、鈴幸くんがそこにいる証拠。

「君はなんでしあわせになれないの? この世界じゃしあわせになれないの? なにがあればしあわせだって言い切れるの?」

 切羽詰まったような鈴幸くんの声にはなにかが混じっていた。いろいろなものが混じりすぎてわたしには正確になにかはわからない。
 わたしはしあわせじゃない。しあわせになれない。この世界じゃ。だから世界の滅亡を望んでる。そして、その望みはもうすぐ叶う。ウーウーと毎日のように街中でサイレンが鳴り、隣にはいつも鈴幸くんがいる。だからこそみえないわたしにも夕方の空の色がオレンジ色だとわかった。はやくしあわせになりたい。次の世界ではやくしあわせになりたい。だからこんな世界は滅亡するべきなの。こんな快適な、こんな優しい世界じゃわたしはしあわせになれない。

「わたしは、卑怯じゃないわ。次の世界なら鈴幸くんもきっとしあわせになれる。ころすのは勘弁して欲しいけど、わたしはこの世界じゃしあわせがみえないのよ。だからしあわせになれない」
「みようとしてないだけじゃないの」
「しょうがないの、だってみえないもの」
「……君は、僕が世界は滅亡しないよっていったらどうするの」

 ふふ。変なことをいうのね鈴幸くん。

「世界は滅亡するわ、だって夕方の空はオレンジ色だし、それを見せてくれたのは鈴幸くんだもの」

 ふ、と隣から溜息のようなものが聞こえて、それからわたしの車椅子がガチャンと鳴った。ブレーキがはずれた音だ。そのまま、わたしはわっかをまわしてないのに、車椅子はひとりでに動きだす。いつの間にか後頭部の痛みはなくなっていた。

「どこにいくの?」

 おそらく後ろにいる鈴幸くんに振り向きもせずに問う。この世界が滅亡したあとの世界、と鈴幸くんはいった。しあわせそうな声。これならきっと鈴幸くんも次の世界でしあわせになれる。少しの間、わたしは鈴幸くんと他愛ない話をした。拳銃は偽物だということも聞いた。冷蔵庫にはいってたおもちゃらしい。なんで冷蔵庫にはいってたのかしら。

 車椅子が急ブレーキをかけたようにとまった。風が強い。サイレンはいまだ鳴り止まない。

「次は一緒にしあわせになれるといいね」
「そうね」
「でも僕は、」

 ゆっくりとわたしの体がもちあがり、鈴幸くんに抱き上げられたことに気づく。体温。

「でも?」
「僕は今も、今より前もずっとしあわせだったよ」

 瞬間、風が今までと比べられないくらい強くなる。ああ、やっと世界は滅亡するのね。わたし、やっとしあわせになれるのね。今は夕方。きっと空の色はオレンジ色。

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2019.9に出した『またね幻』という同人誌に収録した書き下ろし短編です。これだけでも読めますが、以前投稿した「幸せになりたいなんて、そんな贅沢が許されると思ってるの?( https://note.mu/__oyasumibook/n/ne483baeb8b75
)」の続編でもあります。お気に入りなので掲載。
ちなみに通販もしているのでもしよければ記事を遡ってもらえればと思います。どれもお気に入りなのでよかったらよんでください。

通販ページ https://hensinnoumi.booth.pm/

最近あたらしいものをかけていないので、またなにか書きたいなと思っています。なにをかこうかな。
それでは。

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