【備忘録】お金が全ての世の中で、お金じゃ買えないものを愛でていたい
夏、ラオスで野犬に追いかけられたあの日から、犬への恐怖心が取れない。
犬の散歩をしている飼い主たちは、すれ違う人間みんなが犬好きだと思わないでほしい。
とはいえ、犬と対峙してしまうことを除けば今の生活に全くと言っていいほど不満はない。なんなら少々楽しみすぎている節がある。
これは、田舎娘の、上京奮闘劇である。
「ど田舎から東京へ」
キラキラ大学生への諦め
東京の私立大学に入学してすぐ、私はキラキラ大学生との生活水準の違いを思い知らされる。仲良くなった同じクラスの女子たち。一度遊びに行ったら、2万弱飛んだ。「あぁこの人たちは違う世界の人間だ」と思った。あの日の帰り道に、私は大事な何かを諦めてしまった気がする。n=2で大学生を語れるわけがないのだが、「大学生とは距離を置こう」と決めた。
関東の私立大に入学する田舎の高校生に教えてあげたい。
「内部進学、帰国子女、車通学は要注意である」と。まるでラオスの犬のような生き物だ。
金持ちキッズと対峙する日々
当たり前に金がないので、塾講師のバイトを始めた。時給1,500円スタートの個別指導塾。
都会のキッズに舐められないように、方言は隠し通した。「関西の人ですか?」とキッズに聞かれたが、「アメリカから来ました」と嘘をついておいた。舐められないように。
初めてのバイト代で買ったのは、アニマル柄のポンプフューリー。次の日バイトに行くと、キッズがポンプフューリーを履いていた。家に何足もあるらしい。ラオスの子犬か。よく考えたら、1コマ1万もする授業に日々課金できるなんて、そりゃ金持ちだよなぁ。いいなぁ。
そんな塾ではスタッフルームの男臭が異常だったので、半年ちょっとでやめてしまった。
「ハタチを謳歌したい」
飲んだくれ
ワインバーのオープニングスタッフになる。アシスタントマネージャーという称号をいただくが、その店にマネージャーはいなかった。
飲食店で働こうと思ったのは、大人としっかり話ができるようになりたかったからだ。気がつけば、おじさんに気に入られる立ち振る舞いと、酔っ払いの追い出し方が上達するばかりだった。
そしてこの頃は、お酒を覚えて、ひたすら飲んでいた。一丁前に、バーやスナックの常連になってみた。本当にいろんな人と出会った。刑務所から出たての怖い人、DJ、音楽で生きてる人、プー太郎、ラッパー、格闘家、教授、経営者、地主、など。新しい人に会う度、「ハタチです!」と言えるのが快感だった。そしてその言葉を武器に、おもしろい大人たちと呑み交わす日々だった。
鋭角で恋に落ち、鈍角に這い上がる
人は単純で愚かだなぁと思う。8個も上の古着屋にガチ恋。幸せな日々が始まる。「花束みたいな恋をした」の一番いい時の麦くんと絹ちゃんのあの感じ。最大風速はとんでもなかった。これを超える恋愛なんてあるのか?いや、ないないない。
そんな大恋愛にも、終わりは訪れる。別れ話を数ヶ月行うものの、一向に別れてくれず、ストーカー紛いの男と化してしまう。
情けない話だが、別れ話のストレスで結構病む。引きこもる。メンタルに自信があったからこそ、余計落ち込む。
晴れて、お別れに成功する。「何かを変えよう」と外に出る。直感で人選し、アポを取り、会いにゆく。
教授やゼミ同期、芸術家、そんなに接点のない人でも時間を作ってくれた。ダメもとでも、連絡してみるもんだなぁと思う。こんなふうに生きたいとか、こんな人間になりたいとか、いろんなことを考えさせてくれた。
何かやりたい、やらねば、と猛烈に思いながらも、自分がいかに無力であるかを思い知らされる日々だった。
「沈むよ」
舞い降りる夢
「デザインを始めたきっかけ」を聞かれることが多々ある。具体的に言えば、同期がUIUXデザインについて教えてくれたから。「向いてると思うよ」と言ってくれたあの日から、勉強を始めた。
正直、夢中になって、深いところまで沈めるならなんでもよかった。沈みたくてたまらなかった時に、デザインが現れた。そんな感覚だ。
出会い運が異常に強いので、何もできない私を育ててくれる愛ある大人たちに巡り会うことができた。「初心忘るべからず」という言葉があるが、この時に育ててくれた大人たちのことを考えるだけで気が引き締まり、初心を忘れるほうが難しい。
3年生のころは、「デザイナーになる」ことだけを考えて突っ走った1年間だった。
「自由」
LASTモラトリアム
大学生最後の1年間は、やりたいことを全部やろうと決めていた。
構成作家の学校に入ってみた。順調に面白い人間たちと出会い、面白いことばかりを考え、面白いものを作っている。
お笑いの世界にちょこんとつま先を浸けてみたら、そのまま足を引き摺り下ろされた。今のところ、なかなか抜け出せそうにない。
運動がしたくて、近所のキックボクシングジムに入会した。これが思ったよりも楽しくて、半年以上たった今も継続できている。なにより、近所に知り合いができたのが嬉しいポイント。何もないこの街のことを少しばかり好きになれたのは、間違いなくジムのおかげだ。
社会人になると、朝まで酒を飲むという行為が難しくなると聞いた。「今やるしかない」と意気込み、朝まで飲み歩くのだった。
お金のある大人たちとふらふら遊んでいたら、一緒に住む部屋を勝手に借りられたり、突然家がバレたりと、程よいホラー体験をした。楽しい日々に紛れ込んだスパイスである。
こんなエピソードは酒で流しておきたいところだったが、飲み歩くのは控えるようにした。自己防衛、自己防衛、自己防衛。
朝まで飲むことの楽しさは、この期間でじゅうぶん知れた。お腹いっぱいだ。
足掻き
履修登録や学園祭、卒業式の日程すら知らないような大学不適合人間をやらせてもらっているが、大学生というアイデンティティに生かされている自覚は大いにある。大学生を名乗れなくなることへの喪失感を抱きながら、残り半年、モラトリアム最後の足掻きを華麗に披露してゆきたい。
「人生は」
田舎の貧乏家庭からノコノコ上京し、俗に言う「金持ち」に圧倒されながら、東京での自分の姿を模索してきた。
そんな中で思うのは、「誰と出会うか」で未来が簡単に変わるということ。未来は自分の選択次第だと思っていたが、その選択は、これまでどんな人と出会ってきたかで全く別のものになる。あの時あの人と出会っていなければ、今ごろ私は、でかい犬を飼いながらつまらない日々を送っていたかもしれない。そう考えると、私が謳歌しているこの人生は、「出会い」に強く裏付けされているとしか思えない。
ということは、出会い運が強い私は、人生の勝ち組。たとえ一文無しでも、勝ち組なのだ。
居酒屋で一人飲みをする、大人と話せるようになる、外国人と仲良くなる、最低限の協調性を身につける、やりたいことを見つける、たまにで良いから人の役に立つ・・・これらは私が高校生の頃に思い描いていた将来像だ。今の私は、なりたかった自分にかなり近づけている自信がある。
「東京」を夢見て勉強していたあの頃の自分に、胸を張って伝えたい。
「人生は意外とチョロいし、協調性はきっと身につかない」と。