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千二百文字小説(10/18)

 のっぺらぼう。のっぺらぼう。やつは必ずやってくる。のっぺらぼうは人の顔を奪いにやってくる。

 僕は手を合わせたんだ。その日は霧の濃い夜だった。

 真っ暗な高速道路に一筋の光が猛スピードで進んでいた。一台の車体が走っている。車の左ドアが開くと、中から誰かが出てきた。それは丸っとしたスーツ姿の男だった。男は車体の屋根にまで這い上がり、トンネルを越える、と立った。

 彼の顔は無い。無いのだ。しかし口の辺りの肌がへこんでいて、ニヤリと笑っているようにも見える。

 僕はタクシーの運転手である。が、勤務時間が終わり、車庫に戻ろうとした時に彼はやってきた。私は大変驚いて、ここまで言われるままに従って高速道路を猛スピードで走っているわけだ。

「はっはっはっはっは!!」急に彼は笑い出したりする。怖い怖いよ。人生詰んだ。間違いなく。

 いや、もうすでに詰み掛けだったか。社会的に詰んでる僕は、これから何をしてもうまくいかない。

 ずっとおかしなやつだって言われてきた。特に高校生の時、僕は人と合わせて生きることが息苦しくてたまらなかった。だから唐突に髪をブリーチをして、髪をチリチリにし、ピアスもネイルもコッテリなメイクもして学校へ行った。もちろん全て校則に違反していた。でも、このまま誰かの真似事ばかりして生きていくのは嫌だった。

 そんなわけでグレ続けてからそのまま大人になって気がついた。僕は何をしてきたんだ。なんて愚かなんだ。って。たくさんの人に見捨てられ、孤独になって理解したんだ。誰も僕を見なくなった。たまらなくなった。グレていた自分が恥ずかしくてたまらなくなった。

 僕は手を合わせて願ったんだ。恥ずかしくてたまらない。この顔を、どうか奪い去ってください。と。

 その時だった。のっぺらぼうはぶくぶくと膨れ上がる。車体は沈み、タイヤがパンクした。しかしスピードは増すばかりだ。荷物を運ぶトラックが通り過ぎようとした。すると、のっぺらぼうは黒い手のようなものを運転席の方へ目掛けて伸ばした。それをひたすら続けるのだ。車がすれ違うたびに、のっぺらぼうの黒い腕は伸び、運転席にいる人間に触れる。

 凄まじいスピードだった。この世界には自分が存在しない方が楽に生きれるという人たちが数えられないほどいる。それを願った人が今のっぺらぼうによって叶えられているのだ。そして僕はその手助けをしているのだ。

 そうだ。本当はこの世界はとことんクソなんだって。そう思ったんだ。大人になれば、誰かの真似事をしてきた奴が重宝され、ロボットのように働く人間が職についていく。それにそぐわない僕は間違いなく浮いていたし、社会の敵だった。僕は社会的にいじめられ、社会に矯正された。過去のグレてた自分が恥ずかしかったんじゃない。容易く矯正され、社会に屈した自分が自分に見せる顔がなくて恥ずかしかったんだ!

 さあ、僕の顔もどうぞ、喜んで差し上げます。


タイトル『匿名ヒーロー』

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