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【連載小説】『スピリット地雷ワールド』《第六話》
プロローグ
緑色に輝く塔へ、世界一危険な芝生を歩む。
ここは闇葉の精神世界。一体何が起こるのか、それを知っている者は本人の闇葉でさえ、知り得ないことであろう。
永遠と続くような芝生には飽き飽きだ。
「かれこれ、1時間は歩いたよね。どうして塔はまだあんなに遠いのかな」
愛音は、深いため息をついて、朧げに見える縦に細長い緑色の塔を見つめた。同時に耳鳴りまでする。なぜだろうか。
「でも、ちゃんと進んでいるよ。だって、さっきいた場所がこんなにも小さく見えるもの。大丈夫、多少精神世界だから距離がおかしなことになっているだけだから」
「ハハハ……。多少ね……気が滅入る原因は光葉にありそうだ」
二人は闇葉の精神世界でたまたま出会い、ゴールである緑色の塔を目指している。精神世界、なのに今はまだ何も起きていないように思える。愛音は少しずつ違和感を覚えるようになった。あんなにも感情の起伏が激しく、情緒不安定な彼女の精神世界にしては静かすぎる。これはおかしい。
しかし、もうすでに精神世界での異変は起きているのだ。
「霧がかったような景色、出発した頃にはなかった耳鳴り、どれだけ歩いても到着しない塔。異変はもう起こっているんじゃ……」
一体この異変がさらに二人にどんな影響を及ぼそうとするのか。それは意外なものだった。
*人物紹介*
愛音
料理がうまく、女子力抜群の男子高校生。
闇葉
いわゆる地雷系女子、しかしそれには深い理由が……。
光葉
ともに精神世界へ迷い込んでしまった少女。闇葉と瓜二つだが、性格は真逆。
悪魔
正体不明、闇葉を孤独に陥れる存在。
_________本編_________
地雷で一部を奪う、そして仕掛けられた場所
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「ああああ……!」
一体どうしたというのだろう。光葉が急に頭を抱えだして、悶絶し始めた。
「おい、どうした!?光葉!光葉……!」
愛音は彼女の元へかけよるが、一体彼に何ができるというのだろうか。彼は少し戸惑い、あわあわとしていた。がしかし、なんと手際のいいことだろうか。その後すぐに、愛音は優しく、倒れた光葉の頭を自分のたたんだ上着に乗せ、瞼を閉じてやって、手のひらで覆い隠した。同時に耳元も塞いでしまい、光葉の光や音を遮断してしまった。
「大丈夫、僕がついてる。安心して」
「あぁ……ありがとう。ごめんね、びっくりさせちゃって。精神世界に入ってから、ずっと頭痛があってさ、どんどん強くなってきて、ついに耐えられなくなったんだ」
「そうだったのか……」
「ごめんね、私が何も言わずに我慢してたから、足を引っ張った」
「いいんだ……今は大丈夫なのか?」
「うん、ありがとう。愛音のおかげでだいぶましになった。この手は……愛音の、だよね」
「あ、ご、ごめん!つい焦って」
「ありがとう。まだもう少しだけ、こうしていて――冷たい……な、気持ちいい」
愛音の手のひらの上に、光葉の手が置かれていた。彼の顔は少しだけ火照っていた。闇葉の時は赤らめることなんてなかった。闇葉とはどこか似ていて、どこか違う。だからなのだろうか。
「ありがとう。もう行って、これ以上足手纏いになるのは嫌だから」
「いいんだよ……光葉も怖かったんだろ。あたりまえだ」
確かに光葉の手は小刻みに震えていた。
「……」
「あのとき君は言ってくれた。『私と一緒に行こう。手を繋いであすこへ行こう 』ってさ。あれ嬉しかった。かっこ悪いぐらい不安でいっぱいだったからさ、あのときそう言ってくれたことで安心したんだ。光葉とならこの芝生を歩めるって。だから恩返しなんだ、僕も君のために手を貸したい」
「……ありがとう、じゃあ仕方ないわね!一緒に行こう」
「こら、あまり大きな声を出すな」
「あんたは私のママか!」
二人はそんな他愛ない話をしばらく続けていくのだった。
光葉は、いうならば地雷のない闇葉だと言っても過言ではないだろう。容姿は本当にそっくりさんであり、うさぎが跳ねるような可愛らしい声もよく似ている。
そう、性格のみが違っている。育ちが良かったんだなと思わせる他ない。毎日の家庭には、元気におはようという掛け合いがあり、毎日家族全員で囲む食卓がある。その中で父母関係なく平等にたくさんの会話をして、いろんな場所に出かけるのだろう。そんな何不自由ない、幸せな日常を過ごせば、きっとこんな性格の子が育つのだろう。
読者の皆様もきっとそう思われることだろう。
光葉の頭痛がすっかり楽になった頃、二人は手を繋いで再び歩き始めた。ああ、なんと美しい友情なのだろうか。
歳月が経つにつれて、手を繋ぐ理由は変化していく、それは、友情であったり、恋であったり、あるいは、守るためであったり。
だが、この二人は10歳ぐらいに戻ったように、手を振りながら歩いているのだ。もう彼らに恐怖は無くなっていた。互いに支え合い、前へ進もうとしているのだ。
しかし、闇葉の精神世界はそれを認めなかった。このまま安安とゴールに辿り着かれては困るのだ。そう言ったように、最悪は残酷にも幸せに包まれた二人を襲うのだった。
ああ、なんて酷いことをするのだ。今やっと二人の不安は消え去り、どんな危険でも立ち向かえる思いであったのに。それが起こったのはこの会話の途中であった。
「実はこの芝生を歩きだしてから、声が聞こえるようになったの」
「声……?」
「そう、誰かが苦しそうに嘆く声。すると、雑音みたいに乱れた映像も見えてくるの、その映像はね、私と――」
その刹那的な瞬間。光葉は大きな黒い鎌で八つ裂きにされてしまうのだった。
「”あぁ……そんな、光葉、光葉……!」
目の前には赤黒い大男が立っていた。鼻が天狗のように長く、先が耳と同じように尖っていて、目つきは鋭く、上唇は嘲笑うように、上下していた。その口から喉びこが見えるほど大きく笑っていた。そう、それはまさしく悪魔のようだった。
「アヒャヒャヒャ、アヒャッアヒャ、アヒャヒャヒャヒャ」
大人が子供のように笑っているような、なんとも不気味な笑い方であった。
「光葉ぁ、光葉……、なあ、目をあけてくれ」
愛音の腕の中で苦しそうな光葉は虫の息であった。すると、彼女は目をあけて言った。
「愛音……大丈夫だよ、傷は、多分それほど深くないから……、ちょっと意識が飛ぶぐらい痛いだけ」
「ハハハ……意識が飛ぶぐらい?お前は上段が下手くそだな」
「あんたは、私のパパか」
「違うよ……」
「ヒャハハハ!その顔だよっ!アヒャヒャヒャ!」
そんな中、いまだに悪魔は笑っている。こいつはなんと酷いやつなのだ。殺さない程度に痛めつけ、苦しんでいる表情を見て笑っているのだ。
どうやって、この状況を乗り越える……!愛音は悪魔を鋭く睨め付けていた。すると、悪魔が笑いを止めて、ニヤリとした表情で喋り始めた。
「なぁ、光葉……。君はどう見られているんだろうねェ。あの子はきっとお前のことをヤバい奴だと思っているよ。うるさい子だと思っているよ」
「いきなりなんの話だ!」
それに応戦するように、愛音が口を挟んだ。
「愛音、君も例外じゃない。そうだろう?君もそう思うだろう?地雷系は人間としてヤバい奴等だ」
「そ、それは……」
愛音は押し黙ってしまった。言い返せなくなってしまった。それを悟ったように、辛そうな光葉は言った。
「……だから、何?そんな言葉で私は傷つかないわよ」
「それはどうかな……アヒャヒャヒャ。光葉はこの芝生に足を踏み入れた時から異変があったはずだ――そう、声だよ。映像も見えていただろう?」
「……っ!」
「図星かな……?愛音君にも見てもらおうじゃないか。光葉、君はこんな映像を見たはずだ」
すると、悪魔は指パッチンをした。その瞬間、元々その場にいたかのように、周りが映画館の上映シアターに変わってしまった。
シアターには、3、2、1。カウントダウンが進む。すると、映像が始まった。
愛音「心苦しいけど、闇葉、君が大嫌いだ」
闇葉「でも、私は…私は…」
愛音「どうして闇葉はいつもそうなんだ!」
闇葉「私もわからないわ。私もどうしていいかわからないの」
愛音「いつもいつも被害者ズラしないでくれよ」
闇葉「被害……者……?私は……私は……。ごめん、愛音。私、何も言えない」
愛音「そう言って、また可哀想を演じて、僕を束縛しようとしているんだろう」
闇葉「違うの…私は…ただ…」
悪魔「人を笑って、何でもかんでも自分のものにする。それが安心できるとでも思っているのか?人に迷惑をかけて、それでいて社会に出ていけるとでも?」
闇葉「私は…私は…。私はどうすればいいの?」
悪魔「お前は最後まで一人寂しく、死んでいく運命なんだよ」
闇葉「そう…か。最後は一人ぼっちなのね。でも、私は…私は…」
悪魔「なんだ、言い返してみろよ」
闇葉「私は…私は一人ぼっちでも、それでもいいの。私は私の人生を生きる」
悪魔「その人生は薔薇のような道だぞ?矛盾してるじゃないか、お前は一人が怖いはず。そうだろう?ヒャヒャ」
闇葉「私の人生が薔薇のような道だとしても、それは私自身が選んだ道。一人が怖いとか、そういうのは関係ない……愛音はそう言ってくれた」
悪魔「そう、闇葉は愛音がいないと救われないんだよ。なぁんにもできない!愛音がお前の精神世界に入り、お前の心を旅して、お前を知って初めてお前は救われる。お前の力なんて非力なものよ。一人で何ができる。もし可能ならば、最初からお前は地雷なんか抱えてないだろう!」
闇葉「……。愛音がいないと救われない…。私は…私は…」
悪魔「アヒャヒャヒャヒャヒャ!図星か……!哀れなざまよのぉ!」
闇葉「……」
悪魔「お前は一生孤独なんだよ、惨めで、社会の邪魔者で、ひとりぼっちだ」
その後、ブチんという、ビニールがぶちぎれたような音ともに再び気づけば平原に戻ってきていた。
「僕も……、悪魔と一緒だ」
愛音は、瞳に光を失い、手のひらを地面につけて絶望していた。そして鮮明に伝わってくる。闇葉の孤独と、救いのない人生を。闇葉は誰かに執着しないと生きていけなくなっていたのだ。そんな闇葉を望んだのは他ならない、周りの人間だ。ネットの誹謗中傷、クラスの陰口、彼女を迫害する行動。それらが、彼女を追い詰めていった。
地雷はどこにあった?地雷は誰が設置した?
芝生に入った時から感じていた、頭痛と、耳鳴り。それは闇葉の辛い嘆き声であったのだ。愛音たちは地雷を踏み続けていたのだ。この平原そのものが、この精神世界そのものが、彼女の地雷であった。
改めて芝生を触れて感じる。闇葉の記憶。それは……彼女の育った家庭にあった。愛音はそれを知ることとなる。
悪魔の正体、光葉の正体が次章明かされる。闇葉の人生を縛り付けた過去とは……。
続く……
次回 明後日 投稿!