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掌編小説「ここにいてもいいですか」
可能性という名の花を摘むのは好きですか。
僕の親はどれだけ努力しても、お金を稼げるような人たちではなかった。だから、裕福な暮らしもできなかったし、余裕もなかった。
お金がなくたって家族みんな仲良しで笑っていれば幸せだと母は言う。確かにそうかもしれない。でも、母も、父も僕には幸せそうに見えなかった。
僕は信じていたけれど、どこかずっと腑に落ちなかった。
僕には無限の可能性があると父と母は言ってくれる。でも、この先にある未来が幸せではなく、偽ることでしか手に入らない幸せなのだとしたら、僕には、生きている意味がない。
好きなことができていても、余裕がなければ幸せにはなれない。だから、余裕のない僕は、今日死のうと思う。
数日前、保険案内の職員がやってきて僕の生命保険について父と母が話し合っているのを聞いた。僕が死亡すると300万円が支払われるらしい。人が死ぬとお金が生まれると知った。お金がないことに苦しんでいる両親を見てきたからか、お金には自然と敏感になっていた。
でも、足りない。どうせ死ぬなら、もっともっと必要だ。
だから僕は、これまでの話を、この男に話した。
ーおじさん。僕をバラバラにして、いろんな人に売ってよ。収入の半分はあげるから。もう半分は僕の家族に渡してほしいんだ。
男とは最近、誘拐事件が起きた公園で出会った。
ーいいのか?お前を売り捌いたその後、ちゃあんとお前の家族に渡すかなんてわからないんだぞ?
何かを願ってぶらぶらとただ歩いていただけだったけど、僕の小さな声は神様に届いたらしかった。男は僕の手首をガッと掴み、車の中に押し込んだ。でも僕は普通の子供のようにうるさく喚かないので男は驚いたらしく、ナイフを僕の目ん玉に向けた。それでも僕は冷静だったから、すぐに麻酔を使って眠らせて、僕を箱の中に入れるのを待ってくれた。
ーおじさんは、可能性という名の花を摘むのは好きですか。僕はお父さんやお母さん、おばあちゃんからたくさん愛されてる。それに僕はとびきりよい可能性があるみたいで、身に余るほどずいぶんと期待されてる。ねえ、おじさん。おじさんは、そんな甘い蜜を与えられてすくすく育っていく子供を、無惨に踏み潰したり、残虐に引きちぎったり、これでもかと汚い足の裏でなんどもなんども擦り付けることが、大の大好きなんじゃない?
ー俺は、お前が考えてるようなサイコ野郎じゃない。悪かったな。俺は俺の利益のために子供を誘拐する、それだけだ。ーーーーでも、嫌いじゃないよ。お前の願い、聞いてやる。
男は十分イカれていた。よかった。ちゃんとイカれてくれていた。しかも僕よりも決意が強くて、目先の利益だけを重んじる人だけど、ちがった。
この、自分を売るという選択が正しかったのかはわからない。でも、これしかなかった。罪悪感を感じない方法で無になりたかったんだ。でも、だけどやっぱり、みんな悲しむだろうな。でも僕がいるとたくさんお金が必要になって邪魔だよね。
お母さん、お父さん。それでもここにいてもいいですか。
ー家族とはどんなことをして過ごすんだ?
男は最後にそんな質問をした。
ーご飯を食べるとき僕の家は、大きなお皿に盛り付けられたおかずをみんなで小皿に取って食べるんだ。自然と後にとる人のためにおかずを残すことを考えてるんだけど、いつも僕は少しだけたくさんとるんだ。それに気づいてるお母さんはいつも笑って目を瞑ってくれる。お父さんはおかわりのご飯を注いでくれるんだ。たくさん食べろーって言って山盛りにしてくれるんだ。
そういえば、母と父は僕の誕生日に双眼鏡のプレゼントと、こんな手紙を書いてくれたっけ。
ーあなたには可能性があるといつも言うけどね、特別だとか、完璧になろうと無理をしないでね。可能性があると言うことを重荷に感じないでほしいの。私たちは、あなたを育てたことの見返りがほしいわけじゃない。(何もしてあげれていないけれど)ただ、すくすくと元気よく成長してほしいの。それだけよ。だから、思い詰めないでね。あなたの可能性は無限大よ。冒険に出て、いろんな場所のいろんな物を見て、いつか、帰ってきてね。
ーただいま!
たかいタカイ雲の上。