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千二百文字小説(10/17)

 死体は浮遊した状態で見つかった。

 浮いているのだ。寝室で。彼はベッドの上、眠っているところを何かで上から吸い寄せられたように見える。彼の腰に見えないロープが巻いてあって吊るされているのだろうか。いや、手をかざして通り過ぎてもそれにぶつかることはない。

 完全に浮遊している。彼は天国に行ったのだろうか。しかし、こんな天国の生き方、あまりにも物理的で何かおかしい。これは、人から魂を抜くときに、魂があまりにも体への執着が強く、体も少しだけついてきてしまったことによる世界のバグなのだろうか。 

 やっぱり疲れるな。たくさんの大切な人と自分がじわじわと失われていくから。

 ああ、私は彼の従兄弟の娘にあたる者だ。歳は17。なぜこんなか弱い私が場違いを犯してしまっているといえば、私が第一発見者であるからだ。しかしこれはあまりにも奇妙、なので叫んだり、助けを求めたりするのは少し待って、もう少しだけ観察してからにしようと思っていたのだ。それに彼はあまり話したこともないし、人間はいずれ死ぬし、どっちかっていうと彼は嫌いなタイプなので。

 果たして、本当に死んだ人の魂を持っていくということで有名な死神は存在するのだろうか。彼に少し触れてみようか、そうすればバグが治って落っこちるかもしれない。はたまた、私もバグって動けなくなるかもしれない。

 こんな不思議滅多にない。こんなのは……初めてみた。知りたい、知りたい……!

 この死ねなくなった世界から逃げる方法を。

 私が17歳の時、死ねなくなった。私が生きている間の時間を言うなら、もうすでに1000年以上は生きている。神は私にバグを与えた。なら、同じ世界のエラーを使えば、この呪いから解放される……!

 長生きしていると頭が鈍って、もの事の価値がわからなくなるんだ。私が私じゃなくなっていって、今後誰かを傷つけてしまうんじゃないかって思うと怖くてたまらない。

 だから私はこのバグを消したい。私を狂わせる神様の過ちを正したい。永遠なんていらない。精神と魂だけが歳をとって、私が以前まで美しいと感じさせていたものたちを灰色にしてしまう。それはあまりにも悲しい。

 彼が生に固執したなら、私は死に固執する。美しさを保つのではなく、美しささえも散って、消えて、汚れて、忘れられるまでが万物の美しさである私は思う。花は必ず萎れ、散る。私はその過程が記憶からなくなって、その美しささえも忘れ、価値を失うのが怖い。そして美しいものを、咲く前の芽を、壊してしまうことに躊躇がなくなることがたまらなく怖い。

 この世界の美しさを忘れたくない。生まれて死んでいくまでのストーリーを無価値だと思いたくないの。

 私が彼に触れると、彼の浮遊はストンと解け落ちた。私は反対に、上へと上がっていく。やっと、逝ける。私はやっと眠りにつくことができる。これで「生きる」を守れる。

 しかし……。彼は目を覚す。


タイトル『生と死のバグ』

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