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もう好きだってばっ!


「なぁ、今度釣り行かへん?」




電話をしてきてそう私を釣りに誘うのは釣り仲間の山下健二郎。

『うーん、別にいいけど』

「じゃあ、明日朝4:00に迎えに来るわ」

そう言って切れた電話。



『……4:00とか早すぎ。起きられるかな』

普段は朝が弱い私でも釣りに行く日だけは何故か起きられる。
ううん、違うや。
山下と、釣りに行く日だけは起きられるんだ。


お察しの通り、私は釣り仲間の山下が出会った頃から好きなのだ。
でも山下は私のこと、ただの釣り好きな奴くらいにしか思っていない。
だって、扱いが雑なんだもん。







「迎えに来ったでー」

まだ暗い午前3:40。
約束までの時間より、20分も早いのに山下から連絡が来た。

『ちょっと待ってて』

「早う、降りてこいや」

『化粧してないし』

「そんなん、せんでええやろ。時間もったいないわ」

『………分かった。今行く』

ほら、化粧してる私の事なんか全然興味ないんだから。



私はキャップを被って、ロッド持ち、タックルバッグを肩に掛けて玄関のドアを開けた。
少しだけ寒くて体を縮こませた。

エレベーターでエントランスまで降りてマンションのドアを開けると、山下は車の傍で手を口許に当てて息を吹きかけていた。



『ねぇ、時間より早いよ』

「ええやん、早く行ったら」

『山下は男だから起きてからパパッと支度できるんでしょ?こっちはね、』

「はいはい。荷物貸せ」

私の言葉を遮ってロッドとタックルバッグを私から奪い取るように持って車のトランクに乗せた。

『ちょっと、山下!人の話を、』

「ええから、乗れって。今日寒いねんて」

急かされるように乗り込んだ山下の車の助手席。

「行くでー」

私がシートベルトを締めるか、締めないかで動き出す車。
いくら早く行きたいからって慌てすぎだし(笑)

「早う、行かんといい場所取られんねん」

はいはい。


『ねぇ、今日は他に誰が来るの?』

「あ?いや、俺とお前だけやけど」

『あ、…そうなんだ』

いつもは全部で4人とか5人とかで行くのに。
今日は山下と、2人なのか。

「みんな、仕事や言うて断られたー」

『今日平日だったね。そりゃみんな、サラリーマンだから無理だよね。よかったねー、私が平日休みの人でー(笑)』

「ほんまやわ(笑)」

車が霞ヶ浦に着いた。

「早う」

『もう、分かってるって!』

早く釣りをしたい山下に急かされて車を降りる。
トランクからロッドを手にし、タックルバッグを持とうとすると

「お前持つと歩くの遅なるから俺が持ってく。せやから、お前はイスとそこの荷物持ってけ」

そう言うと山下は自分のロッドとタックルバッグ、私のタックルバッグを持って歩き出した。
私はなんだか分からない荷物を持たされ、山下のあとを追った。


おかっぱりポイントにやって来て、ミニチェアに腰を下ろす。
ロッドにリールをセットし、ラインをガイドに通す。
そして、リールをベールに戻した。

「お前、セットするんうまなってない?」

『でしょ?(笑)家で練習してんのよ、これでも』

「まぁ、まだまだやけどな(笑)」

そう言って山下は私のロッドを掴むと調整を始めた。
そして、

「さ、このルアー付けて投げてみぃ」

そう言われて私はキャスティングした。


「なかなか釣れへんな」

『……ほんとだよ』

山下には何度もかかりがあるのに、私は全然かからない。
何度か言われた通りにルアーを変えたり、場所も移動したりしてんのに…。

『山下』

「なんやねん」

『私、……帰っていい?』

「は?(笑)……しゃあないな、そこの荷物開けてみ?」

言う通りにさっき持たされた荷物を開けた。

『え、』

「それ食べて、もう一回頑張ってみ?(笑)」

荷物の中には山下が用意したであろう、おむすびやサンドイッチ、唐揚げが入っていた。

『ねぇ、これ、山下が作ったの?』

「は?俺が作るわけないやん(笑)」

『じゃあ、誰?』

「……秘密や(笑)」

山下がニヤリと笑った。


もしかして、彼女できたの?

嘘でしょ、そんな…




一緒に釣りに来るために頑張って早起きしても、結局私はただの友だちなんだ。

なんで、私が山下の彼女が作ったご飯食べなきゃなんないのよ。
悔しい…

「なんや、食べへんのか?」

『……食べる…けど』

「それ、美味いで」

唐揚げを指さす。

この唐揚げを山下は何度も食べてるってことよね。
彼女と付き合い長いのかな…
今まで居ないと思ってたけど、ずっと居たのかな。


全然そんなこと、釣り仲間でも話出なかったし。
居ないとばっかり思ってた。


唐揚げをフォークに刺して、ひと口かじった。
悔しいけど、

『……美味しい』

「そやろ?絶品やろ?これ食べたら他の唐揚げ食べられへんわ」

ほんと、悔しいけど…


やけくそになっておむすびもサンドイッチも口にほうりこんだ。

「そんな美味い?(笑)また作ってもろうて持ってくるな?」

嬉しいそうな顔の山下。
この山下のこと、彼女はなんて呼んでるんだろう。



健ちゃん?
健二郎くん?
健二郎さん?
それとも、健二郎?




ずっと山下ってしか、呼んだことなかった、私。
私も健二郎って呼べはよかった。
今さら、呼んでも遅いかな。

『ねぇ、』

「ん?」

背を向けてキャスティングしている山下。

『ねぇ、』

「なんやねん、かかりそうやのに」

『ねぇ、』

「うるさいわ、お前(笑)」


『健二郎』

「は?」

大事なロッドを手から落として、私の方を向いた山下。

『ね、落とし、』

「急に名前で呼ぶなや」

『あ、ごめ、』

「好きになってまうやろ」



『え、』




そんな反応くるなんて思ってもみなくて、固まる私。
山下はそんな私を見てニヤッと笑って、ロッドを拾い上げ、またキャストした。
広い背中を見ながら心の中で思う。



好きになってもらえるのなら、何度でも『健二郎』って呼ぶよ。




ふと、その背中が振り返った。



「やから、お前も俺のこと、好きになれ、〇〇」



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