見出し画像

ヒプステ感想〜奪われし者を前に強者達はどう振る舞うか〜

初日マチネ初公演を3バル観覧の、お前ほんまにH歴で生きてるんか?と思うほどヒプマイ世界(主に左馬刻)に精神がリンクしてるオタクの感想です。

あと私自身のモラルの問題で、演者の容姿や腐向けの話その他セクハラ要素を一つでも含むことは言ってませんので、下心あるオタクに有益な情報はありません。

女性向けコンテンツに純文学求めるタイプのオタクだけどうぞ。

ざっっくり以下をまとめると、

・「マイクを持たない」敵でめちゃくそ斬新だった。弱者重視ステもとうとうここまで来たな、という感じ。

・ただ争いの場では弱者を助け〜という感じではなく、全体的に敵であれば弱者だろうと踏み潰す!の態度が鮮烈だった。

・山田一郎のHIPHOPPIAについての理解がほんまに深まった。

・碧棺はマジもんのヒーロー。ダークの方だとしても。

・「弱者」を前にした時の碧棺と山田一郎ってマジで旨みが強すぎる。この二人は明確にかつての弱者で、そこから這い上がった存在だから。

・上記のストーリーはtrack.1とどう違うのか?

・TDD推しじゃないと出番格差きつい可能性はあります。十四くんのオタクは大丈夫ですけど、人数を減らすための荒技が少しエクストリーム。

・カプ売りや性的な演出が少なくて気分よかった。

・ストーリーやキャラの深い内面に興味がある純文学タイプのオタクは大歓喜。そうでない直木賞オタクは多分楽しくない。

気になる方は下へどうぞ。

私はリアコもびっくり厄介オタクだから、前々からこういうことを馬鹿げているけれども考えている。

重めの夢(H歴前提?)小説

私は山田一郎と左馬刻のあいのこみたいな存在で、彼らの気持ちがどんな現代文よりわかる。と言っている厄介オタクである。

私はこんなオタクだから、風呂敷を広げすぎた本編では決して拾うことができない、H歴の建前の裏側を拾うステが好きだった。
これまでのステは徹底的にマイクでは救えない弱者や、理不尽にスポットを当ててきていた。それは知っていたし、その姿勢が好きだった。

けれど、ここまで究極の、つまり「マイクを持たない」者たちにスポットがあたるとは思っていなかった。

山田一郎がばちーん✨と「正々堂々と、マイクで戦おうぜ!」と言い出して、八王子が「マイク?持ってねーよ(笑)」と言い返した時、私はびっくり仰天大横転オタクだったし、ついにここまで来たか……などと思った。

戦おうぜ!→バトルシーンの流れが完全に出てたから、あ〜〜〜〜わかりました今回はそういうことですねとその落差のおかげで一瞬で全ての趣旨を理解した。

そしてこのシーンを皮切りに弱者の、奪われし者の論理が展開されていく。
強い者にはわからない、弱い者には弱い者の戦い方がある。
悪に手を染めて、卑怯なマネをして、そうしないと生き抜けない現実がある。
正義がなんだ、理想がなんだ、あのまま静かに朽ちていくよりずっと今のがマシで、それこそが、私にとって「今日よりマシな明日」ってやつなんだよ。

いや、「今日よりマシな〜」で皆さん思ったと思うけど確かに今回track.1と筋立ては同じ。
…??? ごめんなさい、今日よりマシなはTDDか。とにかく、初代ステの感じとあまり変わらない。
それを変わり映えがないと見るか、意図的なオマージュと見るか、そこに新たな意図を見出すかは受け手の素養ではないか?
いや、ちゃうか。普通に同じやんけ!と思わせてしまうことは作り手の失敗かもしれない。
新キャストでこの流れを踏襲している✨という感想が自然に出てこない時点で。

ただ、カズは俺が世界を変える‼️そのためにお前の力を卑怯なやり方でも奪う‼️っていうアグレッシブな感じだったけど、八王子はただただ自分たちを守りたい。もう奪われたくない。だからもう最終手段に出るしかない……というある種の弱者の悲惨さがあった。
カズには意志のあるものの輝きがあったけど、八王子はそこからまた一層深まった悲しさがあった気がする。

ただ、カズと八王子の根底というか、全てのオリジナルディビジョンの根底には「抵抗できない弱者=被害者」の構図がある(そこからどう進化・変化するかはそれぞれによる)。
それに対して、山田一郎が「弱者がこれ以上搾取されないように」「この世界を変える」と誓うのも変わらない。

うーん、でも、はっきりと「困ったことがあれば俺を呼べ」「お前が卑怯な手段に走らなくていいように俺がいる・俺の強さがある」と、「どう弱者を守るのか」が言語化されたのは(されました)、全てのドラマCDを経た今だからこそなのかなぁとか思ったり。

このセリフ、聞いた瞬間法では捌けない・泣き寝入りするしかない揉めことを解決してくれる警察のオルタナティブとしてのヤクザファミリーの考えやんけ……ビッグダディじゃん……となった。
意図せず、自然と山田が碧棺のありように寄っている。

それはそうと、3階席からしっとり全体を見るオタクだった私は、らむちゃんと速水奨がその最中でもバシバシ敵を捌いていく傍ら、碧棺と山田一郎は少し受け身というか、虚を突かれた感じだったのに感服した。

そうだよなぁ、お前らはわかるよなぁ。
奪われる苦しみ、奪われ続ける苦しみ、声が届かないと悟る瞬間の虚しさ、絶望感……そしてそこから這い上がったことそのものと、強者として弱者を倒してきたことの功罪と、その弱音のどうしようもなさと、弱音の悲痛さが。
八王子の声が、かつての幼い私の声にリフレインして聞こえているように、二人の心にも、同じように聞こえてたよなぁ。

でも、「結局お前らがカス」ってことなんだよなぁ。
敵のアジトに乗り込み、じろさぶを人質に取られてにっちもさっちも行かなくなった一郎と速水奨を左馬刻が助けに乗り込む時、直前の「マイクを持たない俺たちにはこういうやり方しかないんだ!」を受けて「結構お前らがカスってことじゃねぇ〜の?」みたいなセリフが先行して流れます)(それ聞いて、ハマの弱きを助け〜って歯向かう奴は論外なんだと妙に納得した)

だって、山田一郎も、私も、碧棺も、なんだかんだ自力で這い上がってきた。
自分の弱さに絶望して、この社会に絶望して、もう前を向けないと思っても、持ち前のアビリティとレジリエンスで、いろんなものを失って、人並みの幸せも得られず、消えない傷を作りながらも、それでも私たちは強くある。

だから結局、八王子は「結局お前らがカス」でしかなく、彼らを弱者から強者に引き上げてくれる存在はない。
「全てを手に入れたければ戦え」がいつもの始まりである通りに、やはり山田一郎のHIPHOPPIAが実現するまでこの世は容赦ない競争社会である。

碧棺の言葉はいつも私の芯に響くし、今回も全部のセリフがありがたかったんだけど、特に「戦えば勝つ奴負ける奴(強者と弱者だったかも)が生まれるのは当然」「不平等なんて前からそうで、お前らだけが特別じゃない」は彼にこそ言えることだと思った。
このセリフを聴いてまでも左馬刻の影薄いとか出番少ないとか言ってるオタクは一回知能検査受けてくださいね。

とにかく、本筋のドラマCDが脱・マイクを掲げ始めたタイミングでのこの脚本はとても良いなと思った。

でも、最後に八王子に「かなわねぇ」とは言わせてほしくなかったと、本当に一つだけ思った。
正義に対する悪としてのD4にすらそれは言わせなかったのだから(だよね?)、さらに是正できるものではない八王子にそれは言わせてはいけない。弱さが悪になってしまう。
いや、弱さは悪か。ならいいです。

山田一郎はいつもあんなことを謳っているから、さもああいう弱者を強者にしてくれるトレーナーか何かかと思いがちだけど、山田一郎は弱者を食い散らす強者でしかなく、あいつが持っているのは強者の理論だ。ただ少し情けがありすぎるだけの。

山田一郎は自分の強さでこの世界を変える。弱者を強くするのではなく、弱者が弱者のままでいられる、歪な力で生き抜かなくて済む社会を作る。
つまりは弱者を弱者として助ける、そういうことなんだろ。
強い弱いとか関係ねぇ!みんな平等!っていうのは社会的なプロフィットと幸福の総量の話で、山田はやはりじろさぶを「見下してた」と語った時と同じように、弱者を加護対象として見ているし、そこに「公平」さはない。
「平等」にみんなが幸せになれるように、山田は自分をみんなと同じ「平等」な人間にはしない。
ある種の哲人政治、独裁故の平和と、民主主義への根本的な不信が山田一郎の思考から垣間見れる。最高だね。

このスタンスを碧棺はどう思ってるのかな〜とずっと思ってた(※この疑問は結構今回で解消されました)。
自分のような存在がもう生まれないような社会なら、彼はきっとフォローするとは思うけど、碧棺は他ならぬ「歪な力」で生き抜いてきた「かつての弱者」だから……。
ただ碧棺もまた山田と同じワンマン独裁の星の元に生まれた人間だから、この二人は本当に芯のところで共通してるよね……。

そんな八王子に対する各々のスタンスは、
山田一郎→だとしてもやったことのカタはつけさせる。し、お前らが今後苦しまなくて済むよう俺に預けろ。
碧棺→人生は不平等で、それを自分の汚さの言い訳にしてんじゃねぇ!
速水奨(私には神宮寺っていう医者の知り合いがいるので神宮寺を私は速水奨と以下略)→事情はあれどやったことは卑怯な真似は許されない。
らむだ→しらな〜い🎶
だった気がする。

らむだ、マジで知らな〜い🎶してくれて救われた。俺たちが7年間見てきたのはこの飴村なんだよ…………!!!

それぞれが弱者と理不尽を前に自分の強さを肯定する理論が面白かった。

今回や、他の弱者と出会うステで共通してるのは、18人は決して故意に弱者から何かを奪おうとしていた訳じゃなくて、ただ「守りたいものがそこにあるだけ」なんだよな〜。
手垢のついた表現だけど、戦争は正義と正義のぶつかり合いで、誰も自分が悪いと思ってなんかない。
マイクを持ってない八王子を男たちは💢な〜んて甘ったるいこと言うオタクになりたいわけじゃない。
でも、悪意のない今回のような争い・ぶちのめしこそが最も普遍的で凡庸な暴力の本質なんだよな。目を逸らしたくなるけど。

なんだかんだ、それでも山田はやはり王だった。
山田がこれから先どうしたいのか、この先どう社会を変えたいのかイマイチ掴めなかったけど、今回のステで「山田が言ってる世界ってこういうユートピアなんだ」と感覚を持って理解できた。

もうお前はラップしてないでもうさっさと政治家になれよ。
山田一郎の理想の構造はよーくわかったから、あとはイビルラインがどこまでその実現の過程を描けるかだよね。

あまりに山田一郎と碧棺と私の生い立ちが似ているから、いつも山田一郎は私と同じく20になったら堕ちます‼️‼️と言ってしまうけど、そうとも限らないなとは思った。
まぁ、山田一郎の中に歪みがあるのは私は主張し続けますが。

あと、いくらマシな世界になっても絶対苦しみ続ける人間はいるからな。忘れるなよ。
そりゃ暴力もなく、所持しているか否かが問われるマイクもなく、本当に話し合いだけでみんなの想いが尊重されて、どうしても鍔迫り合いが起こるときには山田一郎が助けてくれる!なんて夢のような世界さ。
でも、人間には譲れないものがあって、それを山田一郎はこれから全て一人で叩きのめしていかなくちゃならなくなるし、叩きのめされる弱者はやはり存在する。
世界に分散する悪意がその一点に集合するだけだ。
その世界には、苦しみがないわけないだろ。何より、お前が一番苦しがってるんじゃん。

碧棺は、こう、彼の「生き方だけは絶対に曲げねぇ」の意味がようやく分かった。

だんだんまーるく優しーくなってきた碧棺がこれをいう意味が、backboneリリース当初はよく分からなかったんだけど、多分ヒーローとしての生き方を曲げないってことなんだな。

ヒーローでいるのは良いことばかりじゃない。命の取捨選択に迫られ、助けた相手には感謝もされず、ただ自分からさまざまな物が奪われていくだけだ。
だとしても、彼はヒーローとしての生き方を曲げないんだなぁ。
己の汚い過去も、助けても裏切られたことも、何にも無視せず、ヒーローとして生きるんだなぁ。

ドラマパートのタイトルがthe time for herosだと気づいた瞬間と同じような衝撃が、今回スーパー戦隊碧棺ブルー参戦のときに流れた。
あと普通に音楽なくなる瞬間すごくかっこよかった。レゲエのpull upの掛け直しだった。普通に沸いた。

私も碧棺と同じく、ヒーローとして生まれて、心優しき強きヒーローってマジで損じゃんwwwと泣き明かした夜があって、もう二度と私以外のために生きてやるもんかと思って、自分の領分を守り通して鋭く生きることを青棺に肯定されたつもりでいたけど、碧棺は何も私の汚い生き方さえ肯定してくれていた訳じゃないんだよな。
健気だった過去、汚かった過去、それら全てをひっくるめて背負いながら尚ヒーローとして生き出すことを肯定しているんだよなぁ……(これからどうしよう)。

ただ、碧棺が今みたいな生き方を選べたのは合歓ちゃんと山田一郎のおかげだとは思ってるので(今回の山田一郎、中央区ステの合歓ちゃんと同じだった)、私が必ずしも青棺の跡を追わなくちゃいけない訳じゃないけど。

今回はかつてマイクが配られたもののぶんどられてしまった「奪われしもの」の話だったから、今度は各ディビジョンに生きる、この女尊男卑な社会の中でもマイクの配布など受けられる訳もなく、苦しみ続ける一般女性にスポットを当てないかヒプステ公式。

私結構モデルとして良い線いってるよ。とりあえず私の過去ノートを読んでヒプステは私でステを一本作れば良いと思うよ。

私はまだまだ道途中だし、碧棺のようになれたらと思いながらも色々と現実は厳しく、ようやく全てを吸い取られる「飯炊いて待ってるだけの良い子」からバチカスヤクザまでのし上がれたところだから、もうちょっと待っててくれ。碧棺。

あと、オタク極めすぎて色々理由はあれど特に今回は山田と碧棺に「ファン」「お客」として相手されるのが無理すぎるオタク、今回の客降りで脳が焼き切れた。

ストーリーの後、色々考えてしまってド鬱状態にも関わらず急にライブパートが始まり、まったくついていけないダウナーオタク、突然ろしょせんが真横に登場しガチビビりした。
まさか三階席に来るなんて思いもせず、マジで心臓止まるかと思ってたら、なんかふと視界に白いのが過った。碧棺だった。
同時に山田一郎もいた。死ぬかと思った。

ほぼ真隣にきた銃兎がヨコハマの無愛想さを埋めるかのように全ての愛想を振り撒き、ダウナーオタクにも優しく微笑みかけてくれたにも関わらず、私は逆サイドにいる山田一郎を号泣してガン見していた。
一介のオタクのことなんて気にされてないと思うんだけど、マジで俳優さんに嫌な思いさせてたら申し訳ありません。こんなことが気になるくらい三階席が狭くて、近かった。まじで本当に申し訳ありませんでした。

山田一郎、ある程度のお手振りが終わったら後方扉にそっと移動し、手すりに寄りかかってホール全体をしんみりと眺めていた。
こんなところまで見てるキモオタで本当にすみません。
あ……みちゃいけないんだろうな、これは初公演が無事に終わりそうな座長としてのアレなんだろうな、あと真横でじろさぶがキャピキャピしてるからそっち見るべきなんだろうなと思いつつも、あまりにその横顔が凛々しくてオタク更に大号泣。

もう一回ステを見たいとは思うけど、次山田にお手振りなんかされたら私の世界が崩れるのでいけない。
ファンサなくなったら教えてください。もうドギマギせずゆったりくつろいで見に行きたいんです……。

ああ、そういや今回のステ、リーダー以外の他のキャラクターがお目当てかつヒプノシスマイクの世界やメッセージになんの共感を抱くことのできない感性の終わった頭軽い人たちには残念だろうなとは思いましたよ……(暴言)

ただ偏りがすごかったのは事実で、ナゴヤ推しの友人には別に見にこなくていいとは伝えた。
元祖4ディビジョンのリーダーズ推しか十四くんのオタクじゃなければ結構悲しくなる分量かもしれない。
十四くん可愛いです。あとずば抜けてお芝居が上手いと思いました。

いや、こなくていいっていうのは今回得た弱者に対するレッスンをすでに伝えた上で拙僧好きのあなたにとっては目新しいものはないってことなので、ヒプステの系譜である「強者としてのディビジョンメンバーの功罪」「マイクで救えない世界」のテーマが好きな方はキャラの出番関係なく行けばいいと思う。

個人的には、カプ売りとかヨコハマのシガーキスとかが本当に苦手で(せっかくいいテーマの作品なんだからそんなんで売るなという気持ちと、演じる声優さんや役者さんが可哀想という気持ち)、その点から見るとそういういやらしさが控えめでとてもストレスフリーに鑑賞できた。

キャラの絡みがない💢とか「エロちょっかい」(この言葉終わってるしマジで品性を疑う。作品の生みの親や演者さん、キャラクターにリスペクトのかけらもない)がない💢とかって言ってるオタクはすっこめ。
そういうところにしか楽しさを感じられない自分を恥じろ。

あと腐女子なら行間を読め。わかりやすい絡みに沸くのは夏のコバエとなんら変わらないからな。

ただ、ポッセがいちいち仲良くて微笑ましかった。
お辞儀の後普通に頭を上げるだけじゃなくてお揃いのポーズしてたり、そういうのは見ていてほっこりした。

ヨコハマの会話がない!っていうのでヨコハマのオタクがお通夜のようだけど、元々ヨコハマって他に比べて個人主義なチームでだからこそ皆さんお好きなんではないんですか?
誰にも背中を預けられず、人を信じることもなく、孤高に戦ってきた3人の大人がようやくこいつならいいか……という相手を3人も見つけているという点……。

あと普通に銃兎とりおさんはクッソ絡んでたので、左馬刻と銃兎のホモみたいオタクが騒いでるんじゃないんですか?(適当)
いい歳の大人がわちゃわちゃやってるのを見たいんならシンジュクかオオサカいきなさいな……。

(多分この先も備忘録がてらぼちぼち追記していく)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?