さぼてん
お互いこれといった趣味はなく、敢えていうなら寝るまえのツムツムと時々Switchでマリオカートをやるくらい。それで特に不満はなかったし、何気ない日常を過ごせることに充分すぎる幸せを感じていた。
そんなある日、彼のおばあ様(祖母)のお家に伺った時出会った、サボテンに心惹かれるものがあった。それは、彼も同じだったらしくおばあ様に小さなサボテンを一つ譲ってもらった。何もなかった小さなアパートのベランダに、ひとつの緑が目立っていた。そこからすぐ、二人の共通の趣味になった。平日はインスタでサボテンが売られているお店や好みのサボテンをリサーチし、休日は多少距離があっても車を走らせ店に赴いた。
毎週のように小さなサボテンや多肉植物のお店に足を運び、寄せ植えを勉強して、植木鉢を探すのも楽しかった。サボテンや多肉植物の知識が増えるのも嬉しかったが、何より大好きな彼と楽しめる共通の趣味ができたことが嬉しかった。
無機質だった家の中に緑が増えた頃、お互い行ってみたいと話していたサボテンがメインの植物園に行こうと話が進み、週末に行くことに。様々な国の多種多様なサボテンを見て、二人してテンションは最高潮。「みて!あれすごい!」「みて、あれ綺麗〜!」なんて言いながら、楽しい時間が過ぎていった。最後に、その植物園でしかできない特別なお土産コーナーに立ち寄ることに。そこでは、たくさんの種類、大きさのサボテンがずらりと植えてあり、その中から好みのサボテンを箸で摘んで引っこ抜き、選びきれない種類の植木鉢の中から好みのものを選ぶと、店員さんがその場で丁寧に寄せ植えしてくれて、持ち帰ることができるものだった。直感即決な私も彼も、この時ばかりはかなり時間をかけ厳選し、お互い気に入ったものを一つずつ選んだ。小さな動物の形をした鉢を二人で選び、二人だけの世界に一つしかないサボテンの寄せ植えが完成し、また一つ思い出と大切なものが増えたことに浮かれ気分で帰路についた。
夜はずっと行ってみたいねと話していた、近所の居酒屋に行ってみることに。古くて狭い、カウンターしかないような、彼も私もすごく好みな雰囲気のお店だった。居合わせた常連さんとマスターと、他愛無い話で盛り上がり彼のグラスはすぐに開いた。お店イチオシの自家製で作る西京焼きが最高に美味しく、彼も私も感動するレベルだった。ほろ酔い気分で心地よく、こんな幸せでいいのかななんて考えながら、彼と常連さんが楽しく会話しているのを眺める。こんな生活が、死ぬまで続けばいいななんて想いにふけていた。
それが最後のデートだった。別れてすぐ同棲していた家を出て実家に戻った。今も実家のトイレの窓際には、あの時買ったサボテンがポツンと日の光を浴びている。二人で選んだかわいい動物の鉢も、お互いが選んだ小さな二つのサボテンも、今は見るたびに彼の顔が浮かんで、少しだけ寂しくなる。でもそれでいい。それがいい。きっといつか、これを見ても彼のことが頭に浮かぶことなんてなくなるし、記憶は思い出に変化していくものだ。
今はそれでいい。いつか思い出になるまでは、毎日あの日を思い出して寂しい気持ちを持てばいい。思い出になったことを自覚した時が、なにより一番寂しいのだから。