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日本全国唯一の神社~寒川神社~

タイトルに関して、何が唯一かと言いますと八方除の守護神です。

それが寒川神社です。

寒川神社は歴史が非常に古く、朝廷や歴史上の武将、そして現代まで厚く信仰されてきました。

一方でナゾも多い神社です。祈祷した人だけが入れる寒川神社の原点を見ることができる場所があります。

またどうやら太陽の通り道とも深い関係がありそうなんです。

これから行く人やすでに行ったことがある人、はたまた興味がある人はぜひご覧ください。

寒川神社、関東地方ではとても有名で相模国一之宮です。

すごく大きな神社で、神奈川県寒川町にあります。

平安時代に朝廷がつくった神社リストである延喜式神名帳の中にも特に大切にされる選ばれし神社にも名を連ねています。

また古来からの唯一の八方除の守護神として知られています。

八方除とは地相、家相、方位、日柄などが原因となるすべての悪事災難を取り除き、開運を招き、生活に限りない恩恵をもたらすといわれています。

つまり…無敵ですね!

寒川神社は江戸、つまり今の東京から見て南西の地に鎮座しています。

それは現在の皇居の裏鬼門にあたります。

通常社殿は南か東向きに建てられるんですが、寒川神社は南西を向いています。

そういったことから古来より関八州という関東八か国の総称ですね。

そこの守護神として、また江戸の裏鬼門をおまもりする神社として崇敬され

とりわけ八方除・方位除の神様として信仰されてきました。

八方除け、方位除けということは、陰陽道とも深い関わりがあります。

実際に拝殿横には、天体観測器具の渾天儀のレプリカがあります。

神社ではなかなか見ないものですよね。

渾天儀は天体の位置や星を測定する器具です。

星の運行は国家の命運をにぎると考えられていました。

暦も星の運行から作られていますよね。

陰陽五行説や東京の結界について深掘りしている記事もあるので

ぜひ併せてごらんください。

さて寒川神社にある渾天儀は、龍は天空を支えるという故事にならい、4隅に龍が配置されています。

そして台座は方位盤になっています。

そんな無敵なご神徳のある寒川神社ですから、もちろん歴史上の人物からも信仰を集めています。

源頼朝、北条義時、武田信玄、徳川家康をはじめとする徳川将軍からも厚く信仰されていました。

熱烈で厚い信仰は、現代では我々国民からも浴びせられています。

年間200万人が訪れ、神奈川県では初詣の参拝者も鶴岡八幡宮に続く第二位です。

また、日本で一番御祈祷が多い神社なんです。私も祈祷してもらったことがありますが、祈祷の名前や住所を読み上げるときに2人体制でやっていたのには非常に驚きました。

そんな熱烈な信仰を受ける寒川神社の御祭神は

寒川比古命(さむかわひこのみこと)

寒川比女命(さむかわひめのみこと)の2柱です。

実はまぁまぁ謎に包まれていて神様の名前がたくさん出てきて大渋滞している古事記と日本書紀には載っていないんですね。

相模國を中心に広く関東地方を開拓され、衣食住など人間生活の根源を開発指導され関東地方の文化の生みの親、神様として信仰されています。

謎が多い御祭神ですが、実は伊勢神宮の末社である、牟弥乃神社(むみのじんじゃ)に2柱とも祀られているんです。

そこでは、2柱とも水の神様だと言われています。

また後ほど紹介する、神社の創建に関わる場所も水がある場所ですから

水の神様でもあるのかなと思います。

その歴史は日本屈指の古さ。1600年前にはすでに朝廷との関わりがあったと言われています。そんな寒川神社ですが、御祭神だけでなく神社自体がミステリアスなんです。

いつ創建されたかも不明で、846年に作られた続日本紀という書物に書かれた相模国寒川というのがはじめて出てきた名前です。

当時、寒川神社があった場所は相良国高座郡と言われていました。この場所からは7世紀から9世紀後半の数多くの官庁の遺跡が発見されていて

相模国の中でも政治の中心地であったということが考えられます。それだけでなく、相模国には縄文時代の祭祀跡や遺跡が数多くあり、特に近隣の岡田遺跡は日本最大級の縄文遺跡なんです。

周辺環境からみても寒川神社の起源は歴史書に登場する以前からあったと考えてもいいかなと個人的には思います。

そして、御祈祷を受けた人だけが入ることができる場所があります。

それは『神嶽山神苑』です。この場所ですが、一言で言うと神域です。

元々は禁足地として足を踏み入れることができなかった場所。本殿の裏手に位置しています。そう、本殿の裏はヒミツの場所です。

そしてここには寒川神社の起源と深く関わりがあるといわれている場所があります。

それは難波の小池です。非常に大切な場所ですから、写真撮影も禁止です。

小池といわれているとおり、小さいですが今も水が湧き出ていて神聖な場所です。

お正月の行事の時にはここの水を汲んで、境内にまいて邪気を祓っています。

さらに進んでいくと、神嶽山を通して寒川大明神を参拝できる裏参拝所があります。ここは何とも言えない神聖さがありました。

他には八気の泉というものがあり湧き水が出てきています。

ここには石がありますが、これは陰陽の関係を表しているそうです。

神嶽山神苑には資料館もあり八方除けについての資料が展示されています。

暦や天体、占いなどの資料を見ることができ陰陽道や結界などが好きな人にはよだれものです。

これらが私たちの生活にしみついていたのがうかがい知ることができます。

神社ではなかなか見ない渾天儀もあり日本唯一の八方除けの守護神である寒川神社。実は日本という国からみても特殊な立地にあるんです。

こちらをご覧ください。


レイライン

春分・秋分の日の日の出と日の入りの位置を日本列島で線を結ぶと

その線上には、上総国一ノ宮玉前神社、寒川神社、富士山、滋賀県の竹生島、皇大神宮、出雲大社、日御碕神社と言ったそうそうたる神社や霊山が並んでいるんですね。

また、夏至の日の入りは丹沢の大山に日が沈み冬至の日の入りは箱根の神山に日が沈みます。寒川神社は八方除けの守護神がいらっしゃるだけでなく神社の場所自体がとても重要だということがわかると思います。寒川神社の横には相模川が流れており、源流は山中湖にあたります。そして山中湖の水は富士山の水が源となっています。太陽だけでなく、水も富士山と関係あり。太陽の通り道は遠く離れた出雲大社と繋がっています。

これは関東をまもるだけでなく、日本全体の八方除神社だと感じざるを得ません!

今回は全国唯一の八方除の守護神である相模国一之宮 寒川神社をご紹介しました。ミステリアスな部分、少しは解明されたでしょうか?

最後までお読みいただきありがとうございました。

動画も公開しています


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