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「ライノベル」蓮華の歌 第1話「縁起」
ダビはまたあの夢を見た。闇の中に、冷たい霧が肌に触れる。一人ではなかった。見えなかったが、恐怖を静かに嗅ぎ取っている怪物たちの存在を感じていた。手に仮面を持っていた。その物体は、細部がほとんど不気味で、仮面の目から放たれる緑の光によって、部分的に照らされていた。突然、足音が聞こえる。重くて、のろのろと ――ドスドス。そして、足音が止まる。闇の中から巨大な姿が彼を見つめ、彼の手から仮面を取り、自己の顔にそれをはめる。重い息が彼の顔に冷たい息吹のように寄り添う。それで、あの方は仮面をはめるその時、夢の中でさえ、ダビはそれが親父だと知っていた。
いつも通り、汗だくで息を切らしながら夢から目を覚ました。そして、
「お・はよ!」
短い赤い髪と金色の目を持つ美人が、ベッドの縁に穏やかに座り、彼を見つめていた。
「えっ!なになに?!」
「「えっ!なになに?!」きみだ!ひどい悪夢を見ていた?あら、心配になっちゃったわ!パパの夢?」
「びっくりした!なんだよ、パパって!普通の悪夢だっただけだ!」
「うん… じゃあ、なんで “お父さん!お父さん!” って叫んでたの?」
彼女の声には冗談めいたところがあったが、その姿からは遊び心を感じることはなかった。むしろ、彼女から漂うのは威厳そのものだった。
実際、14年の人生でアゴニーとは長い付き合いがあったものの、彼はいつも、白い二本の刀を身に着け、軽装で装飾的な東洋風の衣装をまとった女性の存在に圧倒されていた。
ダビはあくびをした。
「おはよう、アゴニ―」
で、再び眠りについた。
アゴニーはにやにやと笑い、少年の耳元に近づいて息を吹きかけた。
ドサッ!ダビはベッドから飛び降りて、勢いよく倒れた。
「なんでここにいるの?!」
「ちっ、なんてひどいガキだ… 女の子たちにモテないよね?」
「だってば!なんでここにいる?!」
アゴニーは髪の一房を耳の後ろに優しくかけ、真剣に言った、
「今日は修行しないわよ。」
「えっ!怒ったの?すいません!」
「ちっ!」
彼女はため息をついて、
「今日は何の日か分かってるの?」
ダビはそのことを考えながら、地平線を見つめた。
「月曜日?」
「ムカつくね、君。今日は血月の日だ。」
彼女は警告のような口調で続けた、
「魔女の日。言っただろう、世界のカルマが月に凝縮される日だって… こんなものを育てたくないだろう、体が壊れるぞ。」
「あー。わかった、わかった。今日は修行しない。純粋なダルマの気だけを育てるべきだから。」
「それで、じゃあ、また明日」
「じゃな、アゴニ―。」
しかし、アゴニ―が去ると、銀髪の少年の血管の中で何か動き出した。いつもより空気が少し薄く、窓からささやく風はまるで葬送の歌のように似ていた。そして朝は厚い霧に覆われていた。彼の血は血管の中でより濃く感じられ、その不気味な風は未知の言語で歌っているかのようだった。
最初の労働者たちが家を出るか、テントを開ける。街・ヨニは小さな街だが、蓮華帝国にとって貴重な商業地であり、美しい風景を誇っている。全体的には安全な街だ。アシュラや魔女がパラジウムの手を煩わせることはなく、ただし、時折何人かの乱暴者が地元の警察に少し手間をかけることがある。結局、どの街にも人間は避けられないものだから。ダビは大きな岩に座り、蓮の湖を眺めた。きれいな花々は日の初めの光に照らされ、清らかな水の中を泳ぐ鯉たちが見えた。それらが、少しずつ景色に溶け込む霧に包まれていた。
(この気持ちはなに?)
孤独。
(俺は、実は、)
落ち込んでいた。
人々は動き、街は動き、帝国は常に動いてゆく。あの鯉たちさえも、まるで宇宙の一部だと分かって動いていた。
彼は水に小さな石を投げ、鯉たちはそこから逃げ出した。
「それは縁起の原理だ。お前たちが自分のダルマの道を進んだとしても、最終的には他の者たちが作り出した波に泳ぎ続けることになる。」
この考えが夢を思い出させた彼は、すぐに立ち上がり、紫ガーゴイル図書館へ向かった。本を勉強できるし、図書館の守護者の娘、来羅(らいら)にも会えるかもしれない。
紫色の石でできた巨大なガーゴイルが図書館の入口を飾り、ダビが近づくとその目が彼をじっと見つめた。監視されているように感じたが、彼はもう慣れていた。中に入ると、本とアロマキャンドルの心地よい匂いが彼を包み込み、外の重苦しい雰囲気から癒した。ゴシックスタイルの建物は神秘的な雰囲気を漂わせていた。その少年にとって、世界中の知識があの広大な棚の間に詰まっているように思えた。それらは部屋ごとに分かれており、大きな読書室もあった。最近は錬金術を学んでいたため、彼はその分野の書物が置かれている区画へ向かった。
「ダビくん!」
背後から聞こえた馴染みのある声。振り返ると、濃い緑色の髪と瞳を持つ若い図書館員が立っていた。彼女はダビと同い年だったが、少し背が低かった。
「あら、先生!」
「先生じゃないです!」
来羅はふくれて答えて、
「こっち来て、何か見せてあげる。」
二人は一緒に別の部屋へと歩いた。 ダビが図書館に来るだびに、時間があれば来羅から必ず声をかけるようになっていた。来羅はいつも彼が一人で大広間で勉強しているのを見て、ある日思い切って話しかけ、彼と友達になったことを嬉しく思っていた。その少年の唯一の友達になったんだ。彼女にはもちろん、たくさんの友達がいた。棚の中に。
「これ・・・」
彼女は本を手に取ってから、
「そして、えーっと・・・あ、これです」
二冊の本を彼に渡す。ダビはそのタイトルを読んで、表紙に驚く。
「竜の武道と、最終朝焼け・・」
二人が読書室に向かう途中、彼女は説明を始める。
「まだ武道を勉強していないですね? いくつかの可能性を考えたらいいねと思った」
「うん、そうっすね… 今年ようやく自分のオーラを解放できたから、それに気を使ってるんだ。」
来羅は彼の前に座った。机の上に肘をついて、両手で顔を支えながら優しく言う、
「ダビのオーラは綺麗です。」
ダビは恥ずかしそうに頭をかく。
「どうも・・ハハ! ――それで、こっちも教えてくれ、先生!最終朝焼けはどうなの?」
来羅は隣のベンチに移動し、ダビは彼女から漂う甘くて軽い香りを感じる。
彼女はページを数枚めくり、大きなアシュラたちと蓮華帝国の戦士たちとの戦いの中に立つ魔女の素晴らしい絵を見せた。
「ほら。15年前の最終朝焼け・サーシと七人の死神との戦争についての大きな記録があるよ。あなたが気に入ると思って。」
そう言うと、来羅のお母さんが二杯のお茶を持って近づいてきた。
「ミラさん、おはよう!」
「おはよう、ダビくん。」
来羅とは違って、ミラの緑色の髪はかなり長かったが、結局、来羅がその多くの特徴を受け継いでいることは明らかだ。ミラはテーブルに腕をついて、二人を見つめながら、うっとりとした様子で言った。
「同じですね」
「え、なんだって?」
「目が」
本当だった、二人は共に深い緑色の目をしていた。ミラは二人が一緒にいるのを見て大喜びし、いつもからかっていた。 彼女が出て行った後、ダビが言う、
「いいお母さんだなぁ」
「そう。ですから私はこの図書館で育ったのです。お母さんと一緒にここで一日を過ごすのが好きで、その後、ここで働くことに決めた。」
ダビは穏やかな笑みを浮かべた。 一瞬、彼は来羅に、この図書館で彼女の両親が守っている帝国の秘密について話したい気持ちになったが、その話題に踏み込む勇気は常にどうしても湧いてこなかった。
鍛冶屋のウェイランドおじさんを手伝った後、ダビは歩きに出る。耐えがたい夜から逃げようとしたくて。霧が再び立ち込め、空気は今まで以上に重く、フクロウやカラスがあちこちで鳴き、赤い満月が街のすべての影を真紅に染めていた。毎年そうだったが、こんなにも息苦しく感じたことない。ついに自分のオーラを解放したからだろうか? すべての戦士はこんな感覚を味わうのだろうか、それとも慣れることができるのだろうか?
小さな丘を家の近くで登っていた。黄金色の葉を持つ銀杏の木が、何度も彼の避難所となっていた場所。だが、足がだんだんと弱くなり、息が上がり、汗を滴らせながら膝をついて倒れてしまった。
(一体、俺に何が起こっているんだ?こんなのは普通じゃない!)
頭の中で地獄のような唸り声が響き、いくつもの声が絡み合っているように感じた。左目が激しく痛くて。
(体のエネルギーがすべて抜けていっているようだ!)
まるで宇宙そのもののように、黒いオーラから銀色の星々がきらめきする、そのオーラが無音で体から広がっていることに気づいていなかった。痛む目が血が滲み出し、赤く、瞳孔の色が金色に染まっていることにも無自覚だった。倒れそうなほどの疲労感が全身を包み込み、その気持ちと戦う力も残っていなかった。しかしその時、頭の中で他のすべての声を掻き消すように、一つの哀しげな声がはっきりと響いた。
「来羅!」
目を見開きながら立ち上がった。図書館で何か恐ろしいことが起こっている予感がしていた。来羅が重大な危険にさらされていることを感じ取った。それから、何も考えずに走り出す。痛む目も、もう力を失った体も、足や筋肉の感覚がなくても、何も気にせず走り続けた。必死に街を駆け抜けた。
そして・・・
「来羅!!!」
彼は少女の名前を叫びながら目を覚ました。しかし、体を起こすことができなかった。自分の体の上には瓦礫が重なっていて。
「いつ気を失った?一体、何が起こったんだぜ!」
何も見えない。どこにいるのか、まったく分からない。
彼がようやく体を起こして周囲を見渡すと、紫ガーゴイル図書館は瓦礫と化し、部分的にまだ炎に包まれていた。
声が聞こえるが、何も識別できない。目の前でただ一つ識別できたのは、壁に鉄の棒で吊るされた女性の遺体で、そこには大量の血が広がっており、その光景は彼の体の中の細胞一つ一つをねじ曲げるようなものだ。一瞬、その顔を見ることを彼は拒んだ。
しかし、まるでその死体の顔を知った瞬間、あの夢で怪物が仮面をはめた時のように、恐ろしい悪夢から目を覚ますことが信じていたかのように、彼は見てしまった。
来羅のお母さん、ミラだった。
つづく。