悦子からの手紙
稽古に出たのはたった3回。その稽古の後に飲みに行く機会もなく、共演者の方たちと必要最低限の言葉以外を交わす余裕もほとんどなく、皆さんの人となりも芸歴もこの場所にいる経緯も知らないまま、本番を迎えた。
なんか、それでも大丈夫だと思ったのだ。
知らなくても、仲良しこよしじゃなくても。
相手を見て、見て、見て、思って、思って、思って、感じる自分がいれば成立する。
ぜんぶを信じて飛び込めばいい。
そのために、できる準備をぜんぶやっていこう。
そう思って過ごした1か月。稽古に出られない時間、ずっと鈴原家のことを考えていた。お父ちゃんのこと、はるかのこと、あきらのこと、瞳のこと。あとちょっとだけ憲太郎のことも。
そうか、悦子は鈴原家に呪いをかけたまま逝ってしまったのか。
お父ちゃんだけじゃなくて、子どもたちにも。
私が残してしまった影を、どうかもう追わないで。
生きているあなたが、あなただけの幸せを追って。自由になって。
そんな気持ちを抱いて、舞台に立った。
そんな気持ち以上の何かが、舞台であふれた。
こんなことは今回が初めてだった。
「板の上で役を生きる」という感覚を、初めて、今さら、味わえた。
それができたのは、もう間違いなく、ソラリネ。だったからだ。
ゆかりちゃんがこれまで歩んできた道。積み重ねてきた信頼。そこに集う人々。生まれる空気。それがあったからこそ、私はようやく、芝居ができたのだ。感謝しかないよ。
そして、そのゆかりちゃんが全幅の信頼を寄せた春陽さんの脚色と演出。あまりに的確で、そしてあまりに細かく、かつ寛容。すごい人だった。語彙も消える。もう、すごい人だった。
こんな環境で、こんな経験をさせてもらえる感謝を形にしたくて、少しでも。芝居で返すのはもちろんだけど、やっぱり作品自体を届けなくては意味がなくて。だから頼まれてもいないのに、ちょっとやりすぎかと思うぐらい、情報を発信しまくった。一人でも多くの方に興味を持っていただけるように。劇場に来ていただけるように。
それが直接どの程度の効果があったのかはわからないけど、やっぱり作品がとっても面白いから、初日が明けたらリピーターさんも増えたし、じわじわ口コミでも広がっただろうし、最終的にはお席はどんどん埋まり、千穐楽なんて月曜の昼間なのに超満席。ほんっとうに素晴らしい光景だった。
正直、今回やってみて自分の中に何も残らなかったら、もういいんじゃないかと思っていた。辞めちゃってもいいんじゃないか、私なんか、役者、って。(なんかもう自分のこと役者って書くのもおこがましい恥ずかしい)
でも、感じてしまった。止むに止まれない衝動を。これだったのか。みんなこれがたまらなくて演劇やってるのか。やっとわかったよ。
ゆかりちゃんがいてくれたから、4年もブランク空いたけど、いつかまた芝居をやろうという気持ちを持ち続けてこれた。
ソラリネ。の『止むに止まれず!』に出られたから、この先も細々とでも芝居をやりたいという思いを持てた。
やっぱり、感謝しかないのです。
この作品に関わったすべての方々、観てくださったお客さま、来られなくても気にかけてくださったみなさま、応援してくださったみなさま、本当に本当に、ありがとうございました。
1日限りの悦子として生きられて(死んでるけど)、とっても幸せでした。
嬉しい感想、たくさんいただきました。ありがとうございます。
しんどいときはたまに見返して元気をもらおうと思います。
ソラリネ。#25『止むに止まれず!』感想ツイートまとめ
https://togetter.com/li/1363456
悦子が書いた手紙はきっと、お父ちゃん読まずにポケットに入れたままズボン洗濯して、はるかに怒られまくったことでしょう。(どこかで見たぞそういうの)
ええのよ。幸せは、生きてるあなたたちが決めること。
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