ディグ・モードvol.90「カシミ（QASIMI）」

カシミ（QASIMI）は、2008年にUAE出身デザイナーのハリド・アル・カシミ（Khalid Al Qasimi）が設立した英国拠点のメンズウェアブランド。2019年にハリドが急逝し、現在は双子の妹のホール（Hoor）がクリエイティブディレクターを務め、ウィメンズウェア ラインも展開。2022年にインキュベーターを設立し、若手デザイナーの開発にも力を入れている。

インスピレーションを与える製品づくり

2021年秋冬コレクション（Courtesy of QASIMI）

アラブ首長国連邦で生まれ、幼少のころ英国に移り住んだ双子の兄妹ハリドとホールは、両親が創造性を発揮するためのサポートをしてくれて、幼い頃から美術や音楽のクラスに通っていた。両親は旅行のたびに子どもたちを美術館に連れて行き、母のファッション愛はハリドにも共通していた。

ハリドは、セントラル セント マーチンズと英国建築協会付属建築専門大学を卒業し、2008年に自身のレーベルを立ち上げた。自身のデザインについて、「目標は文化的、社会的、政治的な要素が注入され、情報や刺激を与える、美しく作られた製品を制作することです」と彼はアラビア版『VOGUE』で定義している。

ハリド・アル・カシミ（Photography via Harper's BAZAAR Arabia）

彼にとってメンズウェアのデザイナーが成功する秘訣は、特定のパラメータ内でデザインすることだ。フィット感、構造、ディテールのバランスを保ちながら、これらのパラメータをわずかに押し上げる必要があるとデザイナーは説明する。

また、ハリドは出身地に関係なく全員に向けてスタイリングのアドバイスを送っている。それは、無理をしないということだ。「考えすぎないでください。常にシンプルにしてください」とデザイナーは『Glass Magazine』で語っている。

兄を継ぎ、ビジョンに忠実であり続ける

2021年春夏コレクション（Courtesy of QASIMI）

2019年7月1日、ハリドは39歳の若さで急逝した。彼の死後、ホールがカシミの運営を引き継いだ。美術の学士号と現代美術のキュレーションの修士号を取得した彼女は、シャルジャ芸術財団を設立し、シャルジャ・ビエンナーレをディレクションすることでシャルジャのアートシーンに活気を取り戻すことに取り組んできた。

それまで主に芸術分野で建築家やデザイナーと仕事をしてきて、ファッションの世界に直接関わったことがなかったホールにとって、カシミのクリエイティブ ディレクター就任は挑戦だった。それはタスクがたくさんあるからというだけではなく、クリエイティブな野心やアイデアを推測して提案することが決して簡単なことではないからだと彼女は説明する。

2020年春夏コレクション（Courtesy of QASIMI）

彼女は兄が一緒に働いていた人々と時間を過ごし、業界についてできる限り多くのことを学び、吸収したいと感じた。ホールにとって重要なのは、兄が残した遺産を引き継ぎ、彼のビジョンに忠実であり続けることだ。

それをコレクションに反映するために、チームは彼が定義したブランドの柱である「建築」「中東の伝統」「ミリタリー」「メッセージ性」にこだわり、各コレクション全体のインスピレーションとして使用。さらに、彼が制作してきた作品と同様のシルエットや美しさを維持している。

2022年春夏コレクション（Photography via identity）

女性クリエイターのエンパワーメントに焦点を当てた2022年春夏コレクションでは、IRTHI現代工芸協会とコラボレーションした。工芸品の完成に人生を費やしてきた職人や女性の仕事を認めることが重要であり、協働して彼らをサポートするだけでなく、彼らの作品をコピーしたりせず称賛することが不可欠だとホールは説明する。

「私たちは各作品に込められた品質、細部へのこだわり、職人技が評価されることを望んでおり、今後のコレクションでも手工芸品をサポートし、促進し続ける予定です」と彼女は『Wonderland Magazine』で語っている。

次世代のインスピレーション源となるために

2023年秋冬コレクション（Courtesy of QASIMI）

2022年12月初め、カシミは新進デザイナーをサポートするインキュベーター「カシミ ライジング（Qasimi Rising）」を立ち上げた。採用された新鋭デザイナーは資金だけでなく、コワーキングスタジオへのアクセスや、生産、製品開発、マーチャンダイジング、マーケティング、ビジネス機能サポートなどの専門知識を含むリソースにアクセスできるようになる。

ブランド初となるインキュベーターを立ち上げたきっかけは、現代アートやアーティストと関わってきたホールの経歴から来ている。アプローチをより効果的なものにするために、さまざまなシナリオを検討し、その開発には２年が費やされた。最終的な目標は遺産を残すことだとホールは説明する。

ホール・アル・カシミ（Photography via GQ Middle East）

「今から５～10年後には、カシミ ライジングが多様なデザイナーのネットワークとして成長し、私たちからサポートを受けるだけでなく、お互いに学び、成長し、コミュニティを構築できる新しい働き方を提供してくれることを願っています。次世代にインスピレーションを与えるでしょう」とホールは中東版『GQ』で語っている。

この記事は、フリーランスで翻訳や海外アパレルブランドの日本向けPRをしている𝐡𝐢𝐫𝐨𝐤𝐨が、自身のファッション業界に対する見識を広める目的で書いたものです。