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映画「孤狼の血 LEVEL2」 〜上林成浩という男〜
"正直者が馬鹿を見る"
悪賢い者が上手に立ち回って利益を得るのに対して、正直な者はまじめに生きているばかりに損をする。また、正直に申し立てた者が罰せられ、口をぬぐった者はとがめられない。(コトバンクより引用)
ー2021年8月20日。
映画「孤狼の血 LEVEL2」
広島県・呉原という街を舞台にし、マル暴とヤクザの攻防を描き2018年に公開された映画「孤狼の血」
公開から約3年。
待望の続編「孤狼の血 LEVEL2」は、現実世界の時間軸と同じく、3年後の世界が描かれている。
マル暴の刑事大上亡き後、その部下であった主人公・日岡秀一が牛耳り、すっかり日岡の手の内となった呉原の街。
そんな平和ボケした呉原の街に一人の男が7年の刑期を終え出所する。
五十子会 上林組
上林成浩
(以下、物語のネタバレを含みます)
この上林という男、SNSや映画レビューサイトなどでよくこんな風に評される。
「極悪」「凶悪」「サイコパス」
ご存じの方も多いだろうが、ここで一度おさらいしておきたい。
「サイコパス」とは。
「感情の一部が欠如している」という点において特筆される精神病質者のこと。自分以外の人間に対する「愛情」「思いやり」などの感情が著しく欠けており、そのためにきわめて自己中心的に振る舞う傾向にある。また、道徳観念や倫理観、あるいは恐怖などの感情もきわめて乏しい傾向にある。(Weblio辞書より引用)
さて。
上林という男を語る上で大切なのはこの部分。
「自分以外の人間に対する「愛情」「思いやり」などの感情が著しく欠けており、そのためにきわめて自己中心的に振る舞う傾向にある。
また、道徳観念や倫理観、あるいは恐怖などの感情もきわめて乏しい傾向にある。」
彼は本当に「極悪」で「凶悪」な「サイコパス」だろうか?
確かに、今作中で上林が起こした犯罪を振り返ってみると強烈だ。
登場早々、刑務所でお世話()になった看守の神原宅に出所したその足で乗り込み、妹を蹂躙。
生きたまま目玉をぶっ潰す。
ウザい上司をアイスピックで瞬殺。
さらにウザい上司とその妻を檻に閉じ込め、その後殺害。
ガソリンで燃やす。
字面だけ見ると、確かに「極悪」で「凶悪」な「サイコパス」である。
しかし、この上林という男、絶対に嘘をつかない。
「サイコパス」というものは、殺人や人を傷付けることを無条件に楽しみ、
時には性的興奮を覚えたりする者だ。
殺害という行為自体が最初の目的にあって、そのために様々な行動を起こす。
平気で人を裏切ったり、躊躇いなく嘘もつく。
上林はそうではない。
檻に閉じ込めたウザい上司から情報を聞き出す際でさえ彼は嘘を付かない。
情報をスムーズに聞き出すために、「教えてくれたら解放するよ♪」なんて使い古されたズルい手口を上林は使わない。
正直すぎる男、上林は「アニキにはどの道死んでもらうんじゃ」と伝えておく。
かなり正直で親切である。
上林は嘘をつかない正直者であるうえに、自分を慕う舎弟たちへの愛にも溢れている。
自分が居ないとダメそうな舎弟たちを可愛がり、面倒を見、時にはあだ名で呼んだりもする。
舎弟たちを脅して制圧し、恐怖心から支配するようなマネは決してしないし、偉ぶったりもしない。
人格が形成される思春期という大切な時期に、実の両親から教えてもらえなかった愛というものの与え方を、上林は確かに知っていた。
(そこには偉大なる五十子正平の存在が大いに影響してくるのだが、語り始めると、超大作noteになってしまうので、今回は割愛させていただく)
彼の殺人は、14歳の時に実の両親を殺めたことから始まった。
アルコール依存症である父親から暴力を受け、盗みをさせられ、学校にも行かせてもらえず、食事もろくに与えてもらえない。
幼き上林にとって唯一の救いであったはずの母親も、彼を守ることは決してせず、父親の標的が自分ではなく息子であることに安心している。
そんな地獄が続いたある日、上林は両親を殺害する。
恨みが最高潮に達してカッとなって殺めた訳ではない、彼の供述調書にはこう記録されている。
「殺さんと、わしが先に父ちゃんに殺される思いました。」
本能。
14歳の上林は、生きていくため、自分の身を守るための術として本能的に殺人を選んだ。
大人になってからの彼が起こした殺人も、自分と、自分が大切に思う者の身を守るための術。
私欲を満たすための快楽殺人などではない。
上林は実の父親からだけでなく、7年間の服役中、看守であった神原たちから激しい暴行を受けている。
14歳までの幼少期と、大人になってからの7年間。
人生の半分以上、地獄の日々を過ごした。
刑期を終え、出所した上林に、再び地獄が降りかかる。
血の繋がりこそないものの、上林が親として忠誠を尽くした五十子正平。
上林の服役中に殺害された五十子が支えてきた広島仁正会は、「仁義」を捨て、金に目が眩んだ大人たちの手によって変わり果てていた。
どれだけ人に騙され、馬鹿にされ、傷付けられ、理解されなくても、
上林は決して嘘をつかなかった。
正直に、真っ直ぐに、生き続けた。
ふとした時に、こう思う。
上林には、人生の中で無条件に「幸せだ。」と感じられる瞬間が、果たして何度あったのだろうか、と。
自分以外が悪であるという世界に絶望しながらも、己の「正義」を貫き通し、孤狼として生きた男。
狡賢く、人を欺き、騙して蹴落として生きていくものが成功していく世界で、利益や金銭や出世といった欲に全く溺れなかった男。
楽に生きられる術を知りながらも、生きづらい道を選んだ男。
ただ己の信じる「正義」と、己が大切に思う人間と、己を大切に思う人間たちの為に生き抜き、死んでいった男。
正直者・上林成浩にとってこの世界はあまりに汚く、生きづらすぎた。
そんな上林成浩の人生を、「極悪」で「凶悪」な「サイコパス」という型なんかにはめて簡単に片付けたくない。
今後、この世にどれだけ"極悪で凶悪なサイコパス悪役上林"という言葉が紡がれようとも、私は人生の最後まで、上林成浩という男の味方であり、理解者であり続けたいと強く思う。
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