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東北がだいすきです
あれから9年。
長かった、というか、あっという間に感じます。
9年前の今日、いつも通りに高校の体育館で部活をしていたら、いきなり揺れがきました。体育館の鉄筋がぐにゃぐにゃに見えるほどの揺れの大きさ。「このまま校舎がつぶれてしまうんじゃないか」生まれて初めて死を感じました。
校庭に避難し、学校から家が近い人から帰宅することに。私は自転車通学だったので、所々割れて隆起した道路を通りながら友達と帰りました。帰ると母と妹がいて、なんだかほっとしたのを覚えています。仙台市内に勤めていた父は職場の人とタクシーを乗り合いして、なんとか夜遅くに帰ってきました。
ガスも電気も水も止まり、電話やメールも繋がらない。一体今どうなっているのか分からず、ラジオを付けると入ってきた津波の情報。「海岸に200人以上の遺体」という言葉に絶句しました。内陸に住んでいたので津波の被害はありませんでしたが、一体これからの生活どうなるんだろう…と不安でたまりませんでした。母と2人で給水所へ行った帰りに見上げた夜空は、とてもきれいだったのを覚えています。
それから毎日給水所へ通う日々。スーパーやガソリンスタンド、どこへ行くにもとにかく並びました。再び電気が付いたのは、3週間後くらいだったでしょうか。電気が付いて、水が出てうれしくて泣きそうになるなんて。これまで感じていた「あたり前」のことが、実はあたり前じゃないんだなって。
震災で小さい頃に遊びに行った海水浴場や公園、家族で泊まった南三陸町の温泉、たくさんの場所が津波の被害に遭いました。両親を亡くした友達もいます。
前職で津波の被害に遭った方に取材する機会が結構あったのですが、本当に考えられないくらい辛く苦しい思いをしている中、とにかく復興へ向けて前を向いていました。しかも必ずと言っていいほど“自分だけ”じゃなくて“東北のみんなで”復興したいと。
9年経っても、まだまだ復興できていない所があると思います。
でも、あの日から少しずつでもみんなで支え合って、力を合わせてきた東北のみんなの底力はすごいよ。温かくて、強い東北がだいすきです。
14時46分、今年も東北を想って祈ります。