自作キーボード「ThumbDay」を設計した話
はじめに
自作キーボード「ThumbDay」
「ThumbDay」は、親指で押下するキー群=サムクラスタの配置に特徴がある、36キー左右分割キーボードです。独自のキー配列に加え、無線接続にも対応したキーボードとなっています。
本記事の目的と構成
コンセプトから自作キーボードを設計したのは今回が初めてです。取り入れている実装方法に特段の目新しさはありませんが、設計の過程や拘りについて、ここに書き留めておこうと思っています。
設計の背景
自作キーボードとの出会い
2年少々前に7sProを購入したことが自作キーボード界隈との出会いです。以後、常用するキーボードとしてCorne Cherry V3、Let's Split、Keyball39、O51Goと渡り歩いており、左右分割タイプのキーボードを中心に使用してきました。
物理配列だけでなくキー配列についても、過酷な修行を経てQWERTY配列を卒業しており、今現在はEucalyn配列を一部カスタマイズして使用しています。ただ現状の配列が最適とほ考えておらず、これからも折を見て更新していきたいと思っています。
既存品に感じていた不満や課題
自作キーボード沼に足を踏み入れた結果として、色々な気づきを得ることができました。全てここで語ると軸がぶれてしまうのでいずれノートにしたいと考えていますが、気づきの1つとして「如何に私たちが一般的なタイピングで親指を使っていなかったか」と思い知らされました。
何も考えず、2本の親指を使ってSpace1つを押し続けるーーこれを解決する選択肢をほぼ無限に与える自作キーボードに、とても魅力を感じました。
しかしながらそんな中でも、先人が設計された自作キーボードに全く思うところがなかったわけではありません。特に、親指は他の4指に対向する構造(母指対向性:参考記事)になっているにもかかわらず、その配慮が積極的になされていないことについては、少なからぬ違和感を覚えました。
目指したかった機能や特徴
設計当初は、違和感を解消することに重点を置く、すなわち親指周辺の検討をメインにしたいと考えていました。検討を進める中で、可能な限りコンパクトなキーボードを目指したいと思うようになったことと、また職場において有線分割キーボードの配線に少し煩わしさを覚えたタイミングとも重なったため、無線化にもトライできればと考え、設計を進めてきました。
設計検討内容
※技術内容中心のため、ご興味ある方向け。
キーの物理的配置
先述の通り、親指周りを主に検討したいという考えのもと、親指に多機能を割り当てることができると非常に楽だという観点から、初期においては親指用に6キー程度割り当てることを考えていました。また当初、人差し指~小指で打鍵する上面が3×5、側面のサムクラスタが2×3のオーソリニアの、シンプルな構成からスタートしました。
試作を重ねる中で、配置の調整が必要であると考え、カラムスタッガードな配列に変更することとしました。また、上述のサムクラスタへの片側6キー配置ですが、ホームポジションの設定に課題が生じたことと、親指の長さ的に限界が見えてきたことで、思い切って減らす方向に舵を切った結果、3キーまで減らすことになりました。
なお、これら物理配列に関しては、どなたでも扱える3D-CADを使用してスイッチプレートデータを作成し、どこのご家庭にもある3Dプリンタを使って出力すれば、キー配置を比較的簡単に試行錯誤できるため、これを活用してスイッチプレートを試作しまくりました。
スイッチの選択
設計したキーボードはいずれ職場でも使用したいと考えていましたので、打鍵音が静かな静音リニアスイッチをベースに考えていました。当時職場でKeyball39×Black Lotusでコトコト言わせていた人間が言うセリフではないかもしれませんが、たまに訪れる静寂の中では少し音が目立つため、静音化可能な余地は残したいというところでした。
過去、Kailh Midnight Silent V2 Linearを発売当初に使用した際の打鍵感がまずまず好みであったので、MXスイッチを主として考えていました。ただ昨今、Kailh Lofree FLOW Ghostも気に入っていたり、静音軸でいうところのKailh Deep Sea Silent MINI Isletも手に入りそうであったりしたので、そうした一部のロープロファイル(Choc)スイッチにも対応可能なように、汎用的なフットプリントとして製作する方向性と決めました。
選びきれなかったというか、選ぶのを半ば放棄したのもあり、最終的には「立体形状ということも含めてプロトタイプで使用感を確認する」ことを大義名分に、プロトタイプではMX/ChocともHotSwap対応にしています。
周辺部品の選定
国内における自作キーボード無線化の旗印ことBMPより少し安価であることから、Seeed Studio XIAO nRF52840を採用しました。国内でも最近は無線化の文脈でちらほら見かけるようになってきましたね。またフットプリント的には他のXIAOシリーズを載せられることも利点の一つです。
無線化にあたって、電源も大きな課題でした。前述のマイコンにはリチウムイオン充電用のチップが載っているものの、やはりリチウムイオン系は心理的なハードルが高かったです。そうしたこともあり現状、最終的には乾電池から電源を確保する方針としました。
その他、乾電池1本から3.3Vを用意するべく秋月でコンバーターキットを購入しましたが、キーボードショップとしては取り扱いがない分、どの製品が適切か、よく分かりませんでした。実際1種類しか購入していませんので、何が優れているかは分からないままかもしれません。
プリント基板の設計と発注
今回のプリント基板の設計は、とても拘ったポイントです。何ならプリント基板のままの状態が、私からのアウトプットと言っても過言ではありません。拘った内容として最も大きいのは「100mm四方に収めること」です(ご存知ない方へ注釈:この100mm四方は、発注の際に安くできる場合がある目安、と捉えていただければ問題ありません)。
制約のある中での設計はパズルを解くようで、苦労も多いですが非常に楽しいものだなと感じました。そういったこともあって、本来表に出てくることはないけれど、基板設計はとても拘ったポイントになりました。
発注時には先の制約のおかげで、送料が少し安くなりました。本当はもう少し突き詰めたり、業者に対して強気で挑むことでさらに安い方向も目指せたけれど、目的は安くすることではなく100mm四方に収めることだったので(?)、ともあれ無事に達成することができました。
ケースの現状
ケースというかガワの部分は、実をいうと現段階でも十分設計が煮詰まっておらず、とりあえず使えるというレベルの、各種パーツを所望の位置へ固定できる部品を、自宅の3Dプリンタで作成しているにとどまっています。
というのも、このキーボードには後に続くコンセプトが残っているため。それらは今後のところで述べたいと思いますが、最終的にそこまで含めてキーボードとして設計を完成させたいです。半ば失速状態です。
設計上の課題
設計段階から知見が浅くかなり迷っていたところを正直にお話しすると、キーボードの「横滑り」の可能性がどうしても大きく、これをどう解決するかが課題でした。
「横滑り」については、3D形状を有するキーボードにおいてはときに懸念されるべき現象と考えています。キーを真上からでなく斜め方向から押すことで、少なからず横向きの力が発生しています。これがキーボード底面の摩擦に押し勝ったとき、キーボードそのものが横向きに滑って(ずれて)しまうというものです。
特に今回のキーボードはサムクラスタをほぼほぼ横向きに押下する関係で、キーボードの質量次第では当たり前のように横滑りが発生しそうでした。これを嫌ったため、電源としてより重い単3乾電池を採用しています。ただそう対策しても残念ながら、底打ち打鍵を繰り返しているとズレてしまうということが分かってきたので、こちらは引き続き今後の課題と考えています。
完成したキーボードと今後について
「ThumbDay」の特徴
今回設計し、一応の完成を見た自作キーボード「ThumbDay」は、親指で押下するキー群=サムクラスタの配置に特徴がある、36キー左右分割キーボードです。
最大の特徴であるサムクラスタはほぼ真横を向いており、脱力した指の状態から動かさずとも、ほぼ全ての指をホームポジションに置くことが可能となっています。少なくとも私の場合は。
微調整を重ねた独自のカラムスタッガード配列に加え、サムクラスタを配置するために生まれたテンティング角度により、手首も比較的自然な角度で運用することが可能です。
また、BLE接続に対応した無線キーボードとなっています。FirmwareにはZMKを採用している関係もあって、VIA、Remap、Vial等のお手軽なキーマップ編集機能には残念ながら対応していませんが、36キーユーザーともなればあまり頻繁にキーマップを変更することもないかと思います。
今後の展望
いずれやりたいという気持ちをこの項目で半ば宣言をすることで、結果少しでも実現する可能性が高くなればいいなと思っています。
キーボードのマウス化
横滑りする前提で、キーボードそのものをマウス化させるというアイデア。過去にXの投稿で同様のアイデアを実現していた例を拝見した(探しても見つけられない)ため独自のアイデアではないが、今回自作したキーボードがマウス形状であることから親和性が高いと考えている。トラックボールの実装
手にフィットするキーボードに仕上がってしまったため、わざわざポインティングデバイスを持ち替えるコストが相対的に上がってしまった。上述のマウスもしくはキーボードと一体型にしやすいトラックボール機能が欲しいことによる。人差し指トラックボールとしたいが、配置が課題。ベースパーツの拡張
キーボードのベース部分は現状、ほぼ空洞状態であるので、こちらに拡張機能を持たせるのではどうか、というアイデア。具体的にイメージしている拡張機能は「テンティング角度調整機能」「MagSafe対応ベース」など。
おわりに
自作キーボードの魅力
自作キーボードには様々な楽しみ方があると感じています。今回の記事では1から設計に取り組んだ内容を紹介こそしましたが、既に完成度の高いキット品が色々と販売されていることもあり、ライトなユーザーでも気軽にキースイッチやキーキャップ、キーマップの変更でキーボードを自分好みにカスタマイズ可能な環境がそこにあります。
何よりお気に入りの道具で作業すると、それだけで気分が上がります。拘る人からしたら、お気に入りの筆記用具みたいなものだと思います。興味のある方は是非一度、遊舎工房店舗を訪れるなどして、お気に入りの一台を見つけてみてください。
また操作性・効率性といった面を含めて、自作キーボードには可能性がたくさん詰まっていると考えています。万人に対して全てを満足させるものが少ないのは事実ですが、でもだからこそ、自ら信念をもって1から設計する意義もそれなりに大きいのではないかと考えています。私個人としては、これからも楽しんで設計できればいいなと思っている次第です。
メッセージ
ここまで長文にも関わらず、たとえその一部でも読んでいただきありがとうございました。文章化が難しい内容ということもありますし、また結構イラスト等での解説を諦めた部分もあって、少し伝わりにくい内容となってしまった点はご容赦いただきたいです。もし対面でキーボード談義をさせていただくことがあれば、そのときは是非。
このノートはThumbDayで書きました。