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『自信』とは


しばらく旅の投稿が続きそうなので
ここで一旦、備忘録。というか本来のまゆめもを。


こうして頭の中で考えていること、
過去を見つめて整理すること、
これから実現したいこと などを
赤裸々にアウトプットするようになったら

近しい友人から会ったことのない人まで
わざわざ時間を割いて感想を送ってくれたり、
一緒にさらに深く掘り下げる作業をしてくれたりするようになった。


ただのひとりごとのように綴っていたまゆめもとはまた違って、
いや、今だって反応を求めての発信ではなくて(だからこそインスタやツイッターじゃなくてnoteにしている)、
十分ひとりごとの類なのだけど、


それにしては確実に何か他者に触れたという実感が持てている。


これが反響ってやつなのかもしれない。

反響…①音が、ある物体面で反射されて、ふたたび聞こえること。
   ②発表された事柄・出来事などの影響によって起こるさまざまの反応。

↑これでいうところの、①の意味で。


物質(人)に当たって、自分に跳ね返ってくる、自分の言葉の重み。意志。

この効果に自分が一番驚いている。


言霊とはよく言ったもので、
自分の発した言葉に魂が宿る、そんな気がして

おかしな話かもしれないけど、
人に跳ね返って再び戻ってきた自分自身に、励まされたりすることを感じるのです。


特に定期的に話しているメンター的存在の親友ふたりとは
主に内面のことからお互いの能力のこと、実際の行動にあたる具体的な計画についても深く深く掘り下げ合うのだけど、

約20年来の友人、さすがは言葉にしなくとも通じるものがあり、
長年培ってきた高性能の計測値だけでなく、そもそも第六感的な要素も持ち合わせているから
本来言葉にしなくても絶対的な味方で居合うことができるところを、


あえて、


あえて、言葉にしていく。


言語化していく。



自分のことも、
相手のことも、

ひとつひとつ言葉で紐解いていって、


言葉にできない抽象的なものは

あえて(それがまだ不確かでも)定義してみる。



言語化できないニュアンス要素も、

お互いにそれがなんなのかを探る作業を諦めず、

伝える努力をしてみる。




そうすると、伝わる。


びっくりするくらい、伝わる。



今までだって十分伝わってたはずで、

それの確認作業でしかないような気もするんだけど、



これが全然違う。




初めてかのように、心の芯に、深く伝わる。



本当に、失礼しちゃうわね。ってくらい
言っていることは昔から変わらなくて、

たとえば


「あなたの◯◯は素晴らしいから、もっと自信をもったほうがいい」


という一文、


もう10数年前から同じ部分を褒められて、
何度も何度も認めてくれていたのに、



そうだね そこは長所なんだろうな、素直にありがとう、でもまぁ親友目線だしね(謙遜)


と、なかなかそれを本当の意味で自信に昇華することはなかった。



自分の良いところ。自信。
いまいちよくわからなかった。



だけど、いま、言語化された
相手の嘘のない、忖度のない、純度の高い言葉で
肯定されることを実感することで、
不思議なくらいにスッと入ってくる。



どうやってその純度を測るのかというと、
やっぱり真剣に向き合って深掘りして出した言葉だということと、(目の当たりにしているし)

その人の人生を通して初めて説得力を帯びるのだと思う。



この歳になって、酸いも甘いも経験してきた私たち。



もしかしたら、自分を信じるよりも、そんな他者を信じたほうが簡単なのかもしれない。


自分よりもまず、相手を信じる。


そしてまた、相手に自分の言葉を信じてもらうためにも
その言葉に説得力を持たせたくて、
自分自身をもっともっと成長させたくなったり、


誠実に行動して生きたくなったりする。



そんな風にお互いが思い合えてるからこそ、
その友人たちとは現に

毎週毎週、こんなに風に成長できたよ と

(出来なかったことが出来るようになったり、社内評価で優勝したり🏆👏)

こんなに新しい一歩を踏み出せたよ と

目まぐるしい速度で、嬉しい報告が絶えない関係になったのを実感する。



明らかに

言葉が変わって、行動が変わったのである。




ここでふとこの言葉を思い出す。



思考に気をつけなさい、それは、いつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい、それは、いつか行動になるから。
行動に気をつけなさい、それは、いつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい、それは、いつか性格になるから。
性格に気をつけなさい、それは、いつか運命になるから。

マザーテレサ





私はここ最近、自分の仕事を通して
自分が変わったという具体的な気付きがあった。



私の仕事は編集だったりグラフィックデザインだったり
写真の部類だったりと、
思考を形にする いわゆるクリエイティブ系。


本来、緻密に計画した制作物を期日までに納品したらゴールなのかもしれない。
さらにはクライアントに期待以上だと満足していただけて、世間から良い反響(数字も)があったら"良いお仕事"と言えるのかもしれない。



実際自分自身、その時その時自分に出来得る
100%(時には120%)で挑んでいるし、
それが最適解だと分かっていても

契約更新のタイミングや
誰にも分からぬ先のことを考えると
どうしても「仕事が無くなったらどうしよう」だとか
「期待はずれだと思われたらどうしよう」とか、

前の自分なら少しばかり不安になっていたように思う。

フリーランスあるあるでもあるよねきっと。



だけど、今の私は

最近のそういったタイミングで、



ちっとも不安にならなかった。



本当にならなかった。





もちろん、先の未来なんて分からないし、

ちょっとしたボタンの掛け違いで、縁が途切れることだって大いにあるよね。


有ったものが無くなることの悲しさや
やるせなさも、そして痛みも知ってる。



でもそれはそれ、と思えた。



決して自分にとってそれがどうでもいいわけでもなく、


私はこれで良いと信じて積み重ねた結果に
どうなろうとも、


その結果を受け入れることができるし、納得もできる。


なんなら、手放す未来が来たとしても

さらに素晴らしい縁や仕事に出会えるだろうとまで思える。


だからこそ、もしも継続して関わることができるならば、
このままお互いにとってベストな形で信用し合い、
一緒に未来を作っていけるのであれば、

それはとてもラッキーで幸せなことであり
心から感謝したいと思う。

(ちなみに結論、全部継続でした💪ありがとうございます💪良い影響を与えられるよう精進します💪)





どんな運命も受け入れられると思える心。



自分を信じられる心。





これが『自信』なのだと思った。







今わたしは、自分の価値を、能力を、信頼する力を
信じたい人からの言葉の力によって、獲得している。


このまゆめもを読んで言葉にしてくれた人、
その言葉を届けてくれた人へ


私の信じたい人になってくれてありがとう






この信じる心で、運命をも作っていくぞー!!待ってろよーーーーーー!!!!!(誰に言ってる)


おやすみん





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