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西洋建築史講義の実況中継①建築史を学ぶ意味
建築学科は、理系の学科の中で唯一歴史を学ぶ学科だと言われています。美術系では「美術史」を学びますから、その一分野と考えれば言わずもがなですね。理系の建築学科を目指している方の中には、「世界史」「日本史」を勉強していない人もいるかもしれません。しかし、新しい今までにない建築を作ろうとするのに、なぜ歴史を学ぶ必要があるのでしょうか。今回は建築史のお話をする前に、建築史の全体像と、なぜ建築史を学ぶのかを見ていきましょう。
1.世界遺産から考える
歴史的な建築というと、「世界遺産」を思い浮かべる人も多いでしょう。ヴェルサイユ宮殿や法隆寺、最近では上野の国立西洋美術館を含む世界7か国のル・コルビュジエの建築作品がありますね。世界遺産の登録基準を見てみましょう。
(i)人類の創造的才能を表す傑作である。
(ii)ある期間、あるいは世界のある文化圏において、建築物、技術、記念碑、都市計画、景観設計の発展における人類の価値の重要な交流を示していること。
(iii)現存する、あるいはすでに消滅した文化的伝統や文明に関する独特な、あるいは稀な証拠を示していること。
(iv)人類の歴史の重要な段階を物語る建築様式、あるいは建築的または技術的な集合体または景観に関する優れた見本であること。
(v)ある文化(または複数の文化)を特徴づけるような人類の伝統的集落や土地・海洋利用、あるいは人類と環境の相互作用を示す優れた例であること。特に抗しきれない歴史の流れによってその存続が危うくなっている場合。
(vi)顕著で普遍的な価値をもつ出来事、生きた伝統、思想、信仰、芸術的作品、あるいは文学的作品と直接または明白な関連があること(ただし、この基準は他の基準とあわせて用いられることが望ましい)。
(vii)類例を見ない自然美および美的要素をもつ優れた自然現象、あるいは地域を含むこと。
(viii)生命進化の記録、地形形成において進行しつつある重要な地学的過程、あるいは重要な地質学的、自然地理学的特徴を含む、地球の歴史の主要な段階を代表とする顕著な例であること。
(ix)陸上、淡水域、沿岸および海洋の生態系、動植物群集の進化や発展において、進行しつつある重要な生態学的・生物学的過程を代表する顕著な例であること。
(x)学術上、あるいは保全上の観点から見て、顕著で普遍的な価値をもつ、絶滅のおそれがある種を含む、生物の多様性の野生状態における保全にとって、もっとも重要な自然の生育地を含むこと。
(公益社団法人 日本ユネスコ協会連盟)
世界遺産は建築の価値を測る一つの指標ですが、その登録基準を見ても、建築が人間の歴史にほぼ重なる長い時間を包含し、建築には人類が知恵とエネルギーを注ぎ込み、太古から現代までの長い時間の中で築き上げてきた文化であることがわかります。またそうした建築は、最新のテクノロジーを競う家電製品やコンピュータなどの機会とは異なり、時代や社会の要請の変化によって簡単に廃棄されることはありません。エジプトのピラミッドがそうであるように、「遺産」としてより大きな価値を持ち、探求対象となります。
2.建築設計に建築史は必要か
中学や高校の歴史の教科書では、建築は多くの場合「文化」のコーナーに登場します。絵画などの美術作品も同様ですね。海外では建築学科は芸術系の大学に設置されることがほとんどですが、この歴史の教科書での建築の扱いは非常に重要です。建築は歴史の中において、人間社会との多様な関わり方をしてきたからです。古今東西の人間の多様な文化が生み出した建築の様式があり、その違いや文脈を読み解くことによって、建築というものの本質を見ようとするのが「建築史」という学問です。
では「建築史」はあくまでも歴史という「過去」を顧みるものであって、新しく建築をデザインしようとすることには関係がないかというと、そうではありません。建築を設計すること、デザインすることは、そこに「物語」を作ることだと言えます。自分の設計した建築で、人々がどのようなふるまいをするか、どんな暮らしが展開するかを想像し、その舞台を設定することといえるでしょう。このような「物語」を描くとき、必然的に自分の「歴史=記憶」をたどっているのではないでしょうか。過去のことを思い出している現在の自分。自分が経験してきた過去の無数の出来事との行き来であり取捨選択が行われているはずです。
歴史も同様です。歴史も無数にある過去の出来事から特定の事実だけを抽出し、それらをつなぎ合わせて語られ、私たちはそれを勉強しています。そこで抽出されたものは、その時代の関心、もっと言えば語り手の関心によってえらばれたものです。歴史とは一つではなく、無限大に存在するものです。
「歴史:history」は一種の「物語:story」です。過去の建築のstoryを自分自身に取り込み、新しい建築のstoryを生み出すことが、建築設計と言ってもよいでしょう。現代の建築や環境に疑問を持ち、解決したいと考えたとき、過去のstoryと自分自身の「現在地」を比較・相対化することが糸口になります。「現在地」が異なれば、自分自身の建築がhistoryの一部にもなり得るのです。「歴史」とは個人の記憶と同じように過ぎ去ったものではなく、現在地をどのように捉えるかという視点なのです。
3.建築史の分類
「現在地」という言葉には時間軸ともう一つ、座標軸があります。すなわち世界のどこの建築史と比較・相対化するかということも重要です。場所による分類というのも、結局のところ便宜的なものではあるのですが、一般的な建築学科では、建築史の授業は時間軸と座標軸に応じて次の3つに分類されます。
①西洋建築史
②日本建築史
③近代建築史
扱っている大学や、そもそも参考となる書籍の数もぐっと減りますが
④東洋建築史
もあります。
西洋建築史と日本建築史はおおむねどの大学、どの参考書でもその時代の様式ごとに整理され、内容に差異はあまりありませんが、近代建築史は語り手によって個性が強く出ます。近代建築史の中を西洋と日本に分けているものもあれば、時系列に沿って同時に語っているものもあります。これは、通信手段や移動手段の進歩により、情報や技術の行き来が容易になったことで相互の影響関係が強くなったことにあるでしょう。
また、東洋建築史も建築の「物語」という点で非常に興味深い分野です。日本の文献では東洋建築史というと通史としてはインドと中国がメインか、あるいはアジアの都市史に焦点をあてたものが多くなっています。実は東洋の文化と建築の関わりは、普遍化して現代に応用されている部分も多くありますので、建築を勉強する際にはぜひ東洋建築史も学びたいものです。
4.建築史の教科書
大学では授業ごとに教科書が指定されますが、建築史の場合ほとんどの大学では、日本建築学会が刊行している「図集」が指定されます。
「西洋建築史図集」日本建築学会 編
「日本建築史図集」日本建築学会 編、彰国社
「近代建築史図集」日本建築学会 編、彰国社
「東洋建築史図集」日本建築学会 編、彰国社
これらの本は建築を学ぶ上では必須のなのですが、近代建築史を除きすべて、前半が図版、後半がそれぞれの解説という形式を取っており(近代建築史は図版のみ)、建築史の全体像をつかむのには向いていません。これらの図集と合わせて、通読できる建築史の教科書を併読するとよいでしょう。「西洋建築史」「日本建築史」「近代建築史」がそれぞれ分冊になったものや、一冊にまとまったものなど多くの種類が出版されていますので、手に取って自分に合うものを選ぶとよいでしょう。先ほども述べたように、語り手によってその歴史の切り取り方やスポットライトのあて方が異なります。建築の部分、例えば壁や柱に焦点をあてて歴史を紐解いているものもあります。複数の本を読むことによって理解が深まりますので、ぜひ読み比べをしてみてください。
5.この講義の目的
ここまで建築史全般についてお話してきましたが、最後にこの講義の目的についてお話しします。自分自身の「現在地」と比較・相対化するための建築史というと、まずは「西洋建築史」です。海外では建築は「芸術」の一分野としての認識が高いことはお話ししてきたとおりですが、建築史を語る上でも建築は絵画・音楽その他の芸術分野と密接な関係があります。さらに言えば、これらの芸術は「宗教」や「文化」を映し出します。また、これらをすべて包み込むのは「都市」です。中学や高校の歴史の授業では、これら有機的につながった事柄は断片的にしか扱われないことが多くありますが、この講義では、「世界史」「日本史」を勉強していない方のために基本的な歴史の出来事と合わせて「建築」に軸足を置きながら、できる限り関係分野との関係性についても触れていきます。そうすることで、「時間軸」と「座標軸」を超えて建築の世界を立体的に捉えることを目指します。
次回から、具体的な建築の歴史をお話ししていきます。