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もうじき頬も 晴れやかだ

もう書くことはないかな、なんて思っていたけど
コロちゃん(コロナ)のせいで外出自粛だし、
書いてみることにする。

恋人と別れて、約2ヶ月弱の時間が経った。もっと長いような気がするけど、意外とそれくらいしか経っていない。それがどういうことなのか、わたしにはまだ理解できないけどこの2ヶ月弱の間で、わたしはしっかり前に進めてる。


セフレでいいんじゃない?なんて情けない提案をした時もあったし、別れておきながら相手の時間を欲しいと思ってしまったり、そしてもちろん、別れる間際は26年間生きてきて初めて別れることを嫌がったりもした。

別れたあと、2回ほど会ったけど会ってしまうとやっぱり好きだと思ってしまったし、好きだって伝えてしまいたくなったし、会ってない時は会いたいって思ってしまったし、会いたいって伝えてしまいたくなった。だから、セフレなんてそんなしょうもない関係やめるべきだと自分でちゃんと理解した。

会わなくなるまでも、一悶着あった。
わたしがどうしても、誕生日にプレゼントした靴を捨てて欲しくてごねていたから。

これだけは、あの靴だけは、わたしが恋人と2人で一緒にいろんなところに行きたくて、行く予定で、そのためにプレゼントしたものだから、どうしてもこの世から抹消して欲しかった。

捨てたと言われたけど捨ててないことなんてバレバレで、結局戻ってきたのは1週間ほど経った時だった。恋人はわたしに捨ててくれと言った。やっぱりどこまでも残酷な人だなと思った。

そこからは、きっとよくある女の執着がよくないものに変わる瞬間で、あまり仲良くない知人に、恋人の全部を話すと「忘れるために、最後にとことん嫌われよ」と言って酷いことをして嫌われる作戦というものを提案された。

内容はシンプルで「金の切れ目が縁の切れ目」を利用したもの。案の定恋人は、わたしがその話をすると突然態度を変えて連絡も返ってこなくなった。

これでよかったんだと思った。無事嫌われたのだと。

酷いことをされた別れる前のわたしは、これによってようやく報われたのだと思った。情けない話だなと当時も今も思っているけど、離れるにはうってつけの方法だったから別に後悔はしてない。

そこからは写真を全て消した。連絡先も消した。

思い出が綺麗なものとして残らないように、思い出しそうになったら、泣いてしまったら、嫌なところだけを思い出して過ごした。一人暮らしなので、一人で過ごす夜はなかなか辛かったけど、この部屋で大半を過ごしたわたしたちだったので、一人で過ごす休日はなかなか辛かったけど、わたしが幸せになるための一歩を踏み出せたんだと思うと、少しだけ気が楽になる。

そんなふうにして、今日まで過ごしてきた。

別れてから、どこに隠れてたんだと思うような人たちから突然告白された。ああ、わたしは意外とモテるんだった、ということを思い出した。

そう考えると「恋人がいる」ということはすごく予防線を張っていることになるんだなと思った。これからは一生添い遂げられる相手を見つけるために慎重になろうと思う。

正直、元恋人と過ごした一年弱の時間はとても無駄だったと思う。でも、その分自分の中でこういうところは直したいな、気をつけたいな、と思うところがあったから、もっともっといい女になれる可能性が高くなっただけで、無駄じゃなかったのかもしれないなんて、今は少し思えるようになった。


わたしが1番後悔していることは、もっと好きって言えばよかった、会いたい時に会いたいって言えばよかった、抱きしめられた時に回す腕にもっと力を入れたらよかったということ。


もらった分だけ、ちゃんと返したかった。


ギブアンドテイクが成り立つように、自分でちゃんと頑張ればよかった。

愛情表現と甘えることがてんでだめで、本当に好きなのってよく疑われる。それを理解してくれていた元恋人でさえ、わたしは不安にさせていた時もあった。だから絶対、次に出会う誰かにはそんな不安だけは与えないようにしたいなって、思う。

自分が不安になることもいやだけど、相手に不安を与えることの方がよっぽど残酷だ。と、思えるようになったわたしは、少しだけ今日も前に進めてる。


そうやって凛とした自分になれた時、自然と好きな人の好きなものを好きになりたいなって思える相手が現れますように。


連絡先ももう今はわからない、何をしてるのかもどんな人を好きになるのかも、何もわからないけど、元恋人が少しでも穏やかな毎日を過ごせてたらいいなと今は思います。

ありがと、とも思います。元気でね。

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