だいすきなひとのお誕生日(2022年3月9日)-at First-

今日が終わってほしくない‥あと数時間で終わる‥

そんな思いと、きちんと自分が好きだと思う理由を自分のために整理したいとおもっていたので、かいてみました。初めて”推し”のお誕生日を事前に準備してお祝いして‥などしたものでその記録を残します。

SNSって”共感”という意味でいいねやRTなどで終わってしまったり新鮮な感情が薄れてしまう可能性のある、すこし溺れやすい海だと思っています。それが大きなヒントになったり良くも悪くもの特性なので活用次第なのですが。

自分の感情は素直に記録してその時なにを感じて過去と繋がり未来に繋がっていくのかを残そうと。作品を見たあとも残すようにしはじめたので、だいすきなひとのお誕生日をきっかけに残そうと思い立ちました。

29歳になってようやく自分をわかってきたようです‥

なので、twitterという文字で溺れやすい海で更に紛れてしまえそうなnoteにイチひよっこアミの思い出として記録することにしました。

こんな拙い文章を見てくれる方がいらっしゃるかわかりませんが、どうかあたたかくお見守りください。

更新終わる頃には日をまたぎそうです。

‥‥そもそも本題に入れるかも疑問です。

はじめてバンタンへの想いを整理するので、生い立ちからかいたほうがいいのか‥と思うほど全部自分の人生において大きな出会いだったと実感しながら書いています。

バンタンとの出会い‥
今の職場ではラジオを流しているのですが、その局のある時間にはプロモーションなのか、決まったアーティストの曲が流れる時間があります。

2020年8月頃、初めて「Dynamite」が私の耳にはいった瞬間でした。たまたま当時の職場にはVIPがいてとても仲が良かったので、これ誰の曲?と尋ねたのがはじまりです。それをきっかけにカラオケではBTSの本人映像を見せながら歌ってくれて、SpotifyのBTSの曲を何曲もお気に入りに入れてもらい、通勤中に聞いたり、YouTubeも見るようになりました。(最初はYouTubeの漁り方も知らなかったので、「Dynamite」のダンスプラクティスとMVばかりみていました)

1週間もしないうちに耳から離れなくなり、SNSリサーチするようになり、お昼休みには同僚にYouTubeやHP見ながらメンバーを覚えるのを手伝ってもらっていました。この1週間の間ですでに、なんとなく「私はSUGAがいいな」と話したのをいまでも記憶しています。MV見ながらコメントする映像の前列左端にあぐらかいてアイスアメリカーノをすすり口数も多くなくじっといる姿になんか惹かれたんですよね‥

最初は芸名?本名?なんで同じ人がいるの?など疑問ばかりでしたね‥懐かしい‥VライブもFCもなにもかもコンテンツもよくわからなかったです。

instagram中心だったSNSも高校からやっていたtwitterアカウントに戻り、YouTubeに進出し、情報収集や過去動画に夢中になりました。ただ、これまでがデビュー間もないなどアーカイブの少ない時期に好きになるアーティストがほとんどだったため、好きになりつつある気持ちと遡る大変さや何から見れば良いのかわからないカオスな状況でした。

いつだったか9月、abemaTVでBTSが過去のライブ配信を無料でする!と見て、思い立ってオンマがTV見てる横でiPadで見て、知らない曲も多い中Dynamiteよりもすごく若いバンタンを見て、キラキラそして熱いステージに「かっこいい‥」となり、2020年verで覚えた髪色と顔が全然違うなか、インタビューに答えるあるメンバーを見て完全に心を掴まれました。

それが[SUGA]だったんです。

私の中で[SUGA]はアミやオーディエンスの理想をわかったうえで、それがブレない絶妙なラインで自分の信念や思いを体現していくひと‥セルフプロデュースがしっかりしているのかな?でも押し付けがない、オーディエンスに寄り添っている、そんなように感じました。あとから計り知れない思いと努力を積み上げているひとだということがわかったとき、心が張り裂けるような‥それはネガティブな意味ではなく、、同じ時代を生きていて同じ年代私はこれをしていたとこに隣の国でSUGAは‥と想像もしきれない過去を想像してしまったのです。それと同時に当時や今も応援しているアミとの信頼感や絆の尊さ、感謝の気持ちが溢れました。これは今でもよく溢れる感情です。


大学は美大に通い演劇を専攻していました。主に舞台スタッフでプロデューサーになりたかったのですが、在学中に携わった現場で俳優・女優のマネージャーと出会ったのをきっかけに大学卒業後はその芸能事務所でマネージャーをしていました。(転職しましたが今もマネージャーです‥)

当時は本当にきついことばかりで楽しいことと辛いことの比率がおかしかったのですが、大学時代から足を突っ込んでいたからか自分の仕事の先にあるお客さんのことが想像できてがむしゃらに頑張っていました。

当時の上司は20歳ほど上の方で社内でもすごくセンスがあるけど厳しい後輩潰しで有名な方でした。すごい勢いで活躍されている俳優さんを、デビュー後すぐから担当していて、当時まだ新人俳優時代に私も一緒に担当することなりました。

‥本当に厳しくこわい方だったのですが、アーティストへの愛と研究量・知識量・視野の広さ‥など多くのことが今の自分にとっての大きなベースになっていると今でも思い返します。

会社柄そういうセンスというか、アーティストプロデュースをマネージャーがしっかり行う事務所だったのもあり、スタイリストやヘアメイクなどビジュアルスタッフィングを大事にしていたし、ファンの方やオーディエンスにどう見られるようにしたいかも常にプロデュースのテーマにはありました。

その上司は、言い方語弊ないと良いのですが、、、ファンの方を育てたいと言っていました。もちろんそこにはファン層も関わってくるとは思うのですが、その花樣年華のSUGAインタビューを見たときにそれを感じ取れたんです。

SUGAさんを好きになったのここが大きかったようにおもいます。

ファンは支えてくれる・応援してくれるといった受動的な考えがなく、一緒に試練を乗り越えてきたいわば仲間のような、そんな、そんなかげがえのない存在。それはバンタンみんなに通じているのだと後に理解できたとき、より一層彼らを好きになりました!(Kpopの歴史も大きくかかわっているのかなと気になり最近スローペースに勉強しています)

私が憧れている”プロデューサー”という面でもSUGAは気になったのかもしれません。

そこから初めてみる動画や聞く曲もゆっくり見たり聞いたり、コンテンツも追いかけるようになりました。もちろん、もうSUGAさんの虜になっていたので目はSUGAフォーカスがほとんどでした。(いまおもうとこれもう沼っていたということでしょうか!)ビジュアルでいうとDOPEのdance Practiceのエロ被りしたハーフパンツで真っ白く華奢なユンギさんは、1度見始めるとエンリピしていましたね〜〜〜(思い出しにやにや)(膝小僧とガニ股)

そんなこんなで(たくさんはしょった)そこからアミの道に入っていきました

まさか1年半後にそのSUGAのお誕生日にこんな振り返りをしてセンイルカフェ巡りをしてお部屋を飾り付けしてお祝いするだなんて‥


アイドルやJヲタク、バンドファンも経験したけれど、

好きなことをして生きていてくれれば、本当にそれだけでいいと思える、ユンギさんは私に初めての感情をくれました。ありがとう。


追記したりあとあと添削するかもしれませんが、ひとまず記そうとおもいます。

SUGA、ミンユンギ、お誕生日おめでとう。

健康で、どうか健康で。好きなことをしてください。

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