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九州6か国の太守かあ(『王の挽歌』読後)

 事務所のそばには美術館があって、その美術館には屋上庭園があります。事務所の窓から見えるその場所に、そういえば上ったことがないことに先日気がつきました。
 ある日の午後、散歩のつもりで上ってみて、眺めがいいことと人の少ないのに気分がよくなりました。

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 再読となる遠藤周作氏の著作『王の挽歌』を読み終えました。大友義鎮(宗麟)を主人公にした作品です。

 作品のなかで、ところどころ大友宗麟の、亡母にたいする心情が描かれていたり、謀反人服部右京亮の妻をもてあそぶ自分の内にある闇に嫌悪する様子が描写されていて、そこに遠藤周作氏が自身を重ねているような印象をうけました。人間の業というものをみつけだすところに彼の才能というか、くせというか、そんなものを感じます。

 この作品は、大友宗麟の幼年期からはじまり、宗麟の晩年と死を経て嫡男の大友義統の朝鮮出兵とその後、それから義統の死で終ります。宗麟とフランシスコ・ザビエルとの出会いや、府内でのキリスト教布教のようす、周防長門や薩摩などとの戦、豊臣秀吉の九州平定のあたりがおおよその歴史にそって書かれています。

 嫡男であるにもかかわらず、異母弟(塩市丸)に家督をうばわれそうになったものの、二階崩れの変とよばれる内紛によって当主となった宗麟は、そのころから(もっと以前からかもしれないけど)人間への不信に悩まされます。自分を相続からはじきだそうとした父に、いつか謀反をするかもしれない家臣団に、そして自分自身に、不信をおぼえて苦悩する。それを植えつけたのは父のようにみえるけど、結局は自分にたいする不信が大きすぎていつまでもそこにとどまってしまう。

 そうやって家督を継いでからも不信を理由に目を背けた結果がいろいろの場面で宗麟を見舞います。家臣に疑いの目を向けすぎて謀反をまねいたり、領国の利のためにキリスト教布教を許可しながらも、それを奈多宮司の娘である正室・矢乃に、領内の結束の妨げになるなどと責められるとごにょごにょと適当なところで話を切り上げてしまい、彼女の傲慢をおさえきれない。宗麟のよわいところが、そんなふうに描き出されています。

 九州6か国を治める困難というのは想像もできないものだし、フロイスの『日本史』でイザベル呼ばわりされている(旧約聖書やヨハネの黙示録で教会の敵対者として出てくる王妃)ヒステリックな夫人に手を焼いたことは気の毒なことだけれども、とくに今回読んでいて田原家養子で娘の婚約者の田原親虎がキリスト教に入信したために幽閉されたことや、ポルトガルのようなキリスト教国家でなくてもささやかな「切支丹国」をつくろうと島津にとられた北日向(延岡のあたり)に進軍させ、大敗を喫した場面では、宗麟の行動が不誠実だったあらわれではなかろうかとおもったりしました。隠居したい、静かな隠居生活をおくりたいと願いつつ、義統のふがいなさから政治を離れられなかったこともおなじくと感じます。

 自分自身がほんとうに欲しているもの、実現したい状況に何らかの理由をつけて抑制などをした場合、それが別の形をとってあらわれたりするものです。行動の不誠実と書いたのはそういうところで、家臣を(自分自身を)信ずることができないことを父からうけた処遇がその原因、理由であるとしたり、気の強い夫人に背を向けて鷹狩りににげたり、そうしたことが別の事態をまねいたとおもったわけです。

 とはいっても6か国の守護職というのはやっぱりたいへんなものですよね。守るものを多くもったひとの社会的立場と重責、苦労や心労の大きさということには畏敬の念をもよおします(経験がないだけに)。

 それでも宗麟はまだよかった。彼は名門に生まれながらも苦労も多かったから、切磋琢磨することに関して努力を払ったとおもいます。この作品で書かれる嫡男義統は哀れです。それは彼が、父宗麟や母矢乃の保護のもとぬくぬくと、より決断力や判断力に欠けた軟弱な人間に育ち、結局は身を亡ぼすからです。

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 作中には、フロイスの『日本史』やイエズス会士の書簡の引用なども出てくるから、だいたい史実にそっているとおもいます。だけれども正室である矢乃(奈多鑑基の娘)については、服部右京亮と死別した元夫人であると書いてあるものがありました。作品中では謀反人服部右京亮を殺害後、その妻を宗麟が側室にして、彼女は嫉妬した宗麟の正室矢乃に殺されます。ちょっと調べた限りでは、奈多鑑基の娘が夫の服部右京亮と死別した年と、宗麟との結婚の年が前後するので実際のところはわかりません。
 そこのところを「歴史の捏造」といって非難しているレビューがどこかにありましたけれど、作品に出てくる「○○の書簡」といった記述のいくつかも調べてみると創作の部分が入っているみたいだし、これは遠藤周作氏が彼なりに大友宗麟という人物の人生を描き出した作品であるという理解で読めばいいのだとおもいます。

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片山 緑紗(かたやま つかさ)
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