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ことし1月の半ばくらいから、京都へ行こうかな、という考えはあったものの、最終的に決めたのは出発の3日前だった。そういうこともあって、足を運ぶ場所というのもうすぼんやりとしたもので、(行ってから決めればいいか)とかそんなふうだった。 宿泊のホテルを決めて、周辺になにがあるんだろうなとGoogleマップを眺めていたら、ホテルのすぐそばのある地点に「キリシタン」の文字が見えた。「元和キリシタン殉教碑」と、ある。頭のすみに入れておいた。 * 到着した日には、前回の記事のと
いつか、とおもいつつずっと訪れることのなかった場所に、先日案内してもらって行ってきました。しょっちゅう行っている、外海の教会のすぐそばにあるんですけどね。 * パリ外国宣教会のド・ロ神父は1868年に来日し、長崎・大浦や横浜で印刷などの事業と司牧を兼務した。 ところで、あらゆる媒体でド・ロ神父と呼ばれ、すっかりなじみとなっているこのフランス人司祭の名前はMarc Marie de ROTZで、マルク=マリー・ドゥ・ロッツと発音する。deはフランス革命以前に貴族だった
年末に大平作業場跡に行った。 大平作業場というのは、パリ外国宣教会のド・ロ神父が外海地区の主任司祭として司牧をしていた1884(明治17)年ごろに開いた、農園のそばにある建物の遺構である。 以前、何度か訪れたことがあって、そのときには煉瓦壁のみが残る、まさしく遺構だった。ここ数年、この大平作業場跡の保存工事がおこなわれることは聞いていて、昨年秋にオープニングイベントがあったのも耳にしていた。 オープニングイベントのちょっと前、Kさんと訪ねたとき、工事途中の様子を見て
先週末に予定があった、個人的、かつたのしみにしていたイベントは、寒波の襲来で交通事情に不安があったものの、問題なくたのしみにしていた以上の時間を過ごすことができました。 その余韻みたいなものにひたっていたら、きょうはもうクリスマスで、そのクリスマスの12月25日ももうのこり1時間です。 * 旅のことで書いてないこともあるし、書いておきたいきもちもありつつ、心がうわついたまま時間が過ぎていきます。でも、少しでも書いておきたい、と指を動かしてキーボードをたたいています。
台風が過ぎたあとで、いつかみたいにミルクティーのじゃない、今日の海はところてん色をしていた。 * このところ必要な文章いくつか書いて、それの英訳のため下準備的な作業をやっている、そのことを何度かここにも書いているけれど、相変わらずそういう作業が続いている。 今日は、その作業から少し離れて(プロジェクトとしてはひと括りではあるんだけれど)別の調べもの、書きものを進めた。 手元にある書籍などといった資料の他に、国立国会図書館のデジタルアーカイブを利用しながら、きょうの
先月の下五島訪問は、主に奈留島と久賀島がメインだったのだけれど、福江島での時間があまってどうしようかとおもった。未訪問の地区や教会というのも多く、悩んだけれど、堂崎教会にもう一度行こうとおもった。 ここは現在資料館となっていて、展示資料のなかにド・ロ版画があるのを思い出したのだ。前回訪問時に見た記憶がほとんどなかったため、きちんと見ておきたいとつねづねおもっていたのだった。 レンタカーを手配して、堂崎教会に向かった。この日の午前中は久賀島へ行ったのだったのだけど、久
佐世保市の南西にうかぶ島に行ってきた。黒島という島だ。 何年前だったか、その島に行こうとしたことがあって、でも予定していた日が雪になって中止した。その後、その島にある黒島教会が工事に入って、工事期間中でもいいかなとおもいつつも、訪問を先延ばしにしていた。工事というのは耐震対策・保存修理工事で、つまり大規模なものだったため2年ほどを要して、今年(2021年)の2月に完了している。 前回もTKさんと行こうとしていたのだけど、やっぱり私はTKさんといっしょに行きたいとおも
伊王島という島があって、ここに行くには以前は船便だけだった。2011年に橋が架かり、陸路でも行けるようになってから初めて行ってきた。 いつでも行けるとおもうと行かないものである。 伊王島では昔ジャパンスプラッシュというレゲエイベントを毎年やっていて、父や母と数回行ったと記憶している。確か小学生頃のことだった。懐かしい。 陸路で行く場合、香焼という地区を通るのだけど、ここもすごく懐かしかった。高校の同級生の出身地であり、そのころはときどきバスに乗って遊びに行った。彼