あの頃のポイフルを忘れない
ポイフルが好きだった。
明治製菓から発売されている、みんなが大好きなあのグミだ。パッケージに掲げられている「ポイポイ4つのおいしさ!」というキャッチフレーズも元気いっぱいで愛らしい見た目も全部大好きだった。
もう、おそらく10年ほど食べていない。
私が大好きなポイフルは、グレープ、アップル、マスカット、地中海レモンの4種類の味で成されていた。幼少期から好き嫌いが激しかったのだが、ポイフルのこの4種類の味は全て食べられた。何かお菓子を買ってもいいよ、と言われれば迷わずポイフルを選んでいたと思う。
たとえば家族で旅行をしに行った時の車内で。
ポイフルは手が汚れないし、匂いもあまりしない。そういった点では両親からしても、子供が選んで嬉しいお菓子だろう。私はシートベルトのバックルが集合しているあの場所によく落としていた。落としたポイフルを集めれば優に3箱は超えるだろうといった落とし具合だ。
たとえば祖母に連れて行ってもらった西友で。
祖母は怖かった。祖母の家の近くにある西友もなんだか怖かった。もっと言えば祖母が住んでいる街全体が怖かった。それでもポイフルはカラフルでかわいい。黄色のポイフルを口に含めば甘酸っぱくて、元気になれた。ガンの群れが頻りに鳴いているあの貯水池も、その時だけは地中海に見えた。
たとえば小学生の頃の遠足で。
ポイフルは溶けないし、潰れないし、たくさん入っていてシェアしやすい。こんなに遠足に持っていくのにおあつらえ向きなお菓子、そうそう無い。なんとなくポイフルを持ってくる子はイケてるというイメージがある。美優ちゃんだって桜ちゃんだって、みんなポイフルを持ってきていた。
思えばいろんな思い出にいつもポイフルがいる。
「つかうちゃんはポイフルが好きね」という母の優しい声を思い出す。祖母は未だに私にポイフルを買ってくれる。なんか捨てるのが勿体無くて箱を取っておいて怒られていた。大好きだったな、ポイフル。
なぜ、あんなに大好きだったポイフルを食べなくなったのか。
そこにラズベリーが加入したからだ。
私のポイフルの平和な生活に突然介入し、破壊しにきたラズベリーという存在。その姿は派手なピンク色をしていた。不快なまでに甘ったるい匂い。罪のない他の味にもその匂いは移っており、私はポイフルが食べられなくなった。
私にとってポイフルラズベリー味は、「めちゃくちゃかわいい転校生」だ。
味がリニューアルされてから、気付いた頃にはすでに輪に溶け込んでいて人気者だった。見た目も可愛けりゃあ味も甘酸っぱくて美味しい。パッケージに書かれている4種類の味の中でも、堂々と一番上の位置を飾っているじゃないか。
私が「ねえみんな!もうアップルやマスカットのことなんか忘れたの!?」と叫ぼうが誰も聞く耳を持たない。みんなラズベリーに夢中なのだ。
しかも驚いたことに、ラズベリーにはハート形の特別仕様がある。優遇されている。私が勇気を出して「ラズベリーってちょっといけ好かなくない?明日から無視しようよ」と言ったところでラズベリーがいじめられることはなく、ただただ私が無視されるのだ。下唇を噛む他ない。
そういった理由で私はポイフルを食べなくなった。今日弟がポイフルを買ってもらっているのを見て思い出したことだ。
ラズベリー味率いる今の4種類の味にリニューアルされたのはいつ頃のことか、調べたけど分からなかった。出てくるのは短すぎるポイフルのWikipediaだけだった。
私がどれだけラズベリー味を妬もうが、もうあの頃のポイフルは戻ってこない。おそらくこれからもラズベリーがポイフルの頭を張り、まるでずっと前からそこにいたような顔をするのだろう。
私は忘れない、あのアップルの赤を。今は青リンゴに取って代わられたマスカットの存在を。いつの日か消えた「地中海」の文字を。
家にあった小袋タイプのポイフルのパッケージには、ウサギのキャラクターが描かれていた。まさに私がイメージしていたような、いけ好かない女だ。名前をウサベリーといい、しっかりものでオシャレが大好きらしい。「ムキーッ」と思った。何も勝てないじゃないか。結局のところ私はラズベリー味に嫉妬しているのだ。
いつかラズベリー味のいる新しいポイフルをまた、あの頃みたいに愛していたい。
ラズベリーを受け入れられる寛大な心を持ちたい。
ポイポイたのしい人生にしたい。
切にそう思う。