毎秒、さいごの瞬間

 最近の私はいつも心臓がばくばくとうるさく鳴っていて、でも夏ってそういうものだから仕方がない。

 最近はずっと雨、は言い過ぎだけど、とにかくじめじめとしている(本当は晴れとか雨とかそんなんじゃなく、もっと大きい括りでの話を繊細にしたい)。田舎のボロいマンションとはいえ、流石に3階のベランダまではナメクジも登って来られないらしい。助かる。でも今年は蚊も蝉もいつもより少ない気がしていて、暑さにやられて死んじゃったのかなと思っている。もう少し涼しくなったら、キリギリスとかは遊びにくる。きっと今年も来るはずだと思う。
 蛙って、沸騰した鍋に入れたら即死だけど、鍋の中を水の状態から始めて、少しずつ火にかけていけば気付いたときには茹って死んでしまうらしい。いつかの人間もそうなのかもな、とか考えてしまうくらいには、毎日が鬱陶しくジメジメしている。

 この夏私はどこかおかしくなってしまって、そのおかしさの正体は、強くなりすぎてしまったということらしい。まるで必死に、何かから身を守ろうとしているみたいだなんて思う。つい先月あたりまではその敵、というか、自分がなにに怯えていて、なにから逃れようとしていたのか分かっていた気がするんだけど、よくわからなくなってしまった。もう近付きすぎて見えないのかもしれない。

 40℃を超える高熱を出した。今年に入って4回目。今年初めて高熱を出した時は苦しくて辛くて、とにかくしんどくて夜、真っ暗な部屋でひとりメソメソと泣いていた。でも4度目ともなると、笑顔で人と話せて、自力で歩けて、なんなら走れて、家に帰ればもう寝るしかないんだと最初から諦めがついていて、「なんで私がこんな思いをしなきゃいけないの」とか不毛なことは考えずにいられた。翌朝、熱は下がっていた。

 小学生のとき、私はかなりの泣き虫だった(ここでの「泣く」は、意味も理由もないやつ)。そこらへんの泣き虫とはレベルが違って、泣かない日がないどころか1日4回泣くのが明日を迎えるためのノルマみたいなところがあった。
 中学生になって、泣くことが減った。というか、泣かなくなった。
 高校生になると、やっぱり普段は全然泣かないのに、実家で2〜3ヶ月に1回くらいのペースで急に爆発したみたいに泣いていた。叫ぶに近かったかもしれない。そのまま疲れて硬いフローリングの上で眠って、2時とか3時とかに目が覚めて、シャワーを浴びたり、自分が生まれるより前に作られた犬用のドライヤーにスイッチを入れて、焦げ臭い風で髪を乾かしたりしながら朝を迎えていた。
 大学生になってはじめの方は必死に生きていたから、泣くとか泣かないとかではなかった。でもだんだんそれにも慣れてきて、気付いたらなにも苦しくなくて、だから泣くこともなくなった。去年は特に、本当に全然泣かなかった。
 なのに最近、なんか変で、たまにちょっと泣いたりするようになった。誰にも言えないというか、どうにも言葉にできないから言えない、そういうものがあって、そいつが自分を飲み込もうとするから必死に抵抗しようとして、そうすると勝手に涙が出る。自分でもわからないなにかと鬩ぎ合って殴り合って泣いているみたいだった。そうだとしたら、涙は透明な血だとかいうアホみたいな話もあながち間違いではないのかもしれないなと思った。

 でも私、おかしくなってしまったけど、それは多分強くなったからというより、大人になってしまったから、の方が正しい気がする。大人になってしまったから、全部飲み込めるようになった。自分とか一旦全部無視して、「でも踏ん張るしかないから」ができるようになったんだと思う。それで、強くなったねって言われてるんだと思う。たまに、己の弱さをひけらかしている人たちを馬鹿にしながら、天才ぶってる誰かに白い目を向けながら。この夏が終わったら離れ離れになる誰かのことも見ないふりをし続けて、言葉にすることから逃げ続けている自分が一番愚かなのにな、でもそういう生き方をするのはやっぱり大人だから、そうなんだろうなと思う。

 大きくなった心臓を抱えて、まだまだ夏は続いていくんだなと実感している。

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