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創刊号試し読みー「口風琴十穴奇譚」旦部辰徳

1月14日文学フリマ京都で販売します「第九会議室 創刊号」の、掲載作品の試し読みコーナーです。

旦部辰徳 著者紹介(本文抜粋)

<未完成の美学>の信奉者。
好きなもの:羽化せざる蝶、花咲き難き梅、待宵月、反故原稿、人間。

「口風琴(くちふうきん)十穴奇譚」本文抜粋

 父の遺品整理をしていたところ、書斎机の引き出しの奥の奥から、古さびた一〇穴ハーモニカが見つかる。楽器演奏の趣味のないはずの父が何故、と不可解に思いながら手に取り、何とはなしに吹口に目を遣ると、何かがちらと動く。もっさりとした庭木の樹冠をすり抜けて窓から差し込む、盛夏の真昼の白々とした光にかざしつつ、机上のペン立てに突っこまれていたルーペで覗いてみれば、それぞれの吹口の中から途方もない光景が次々と立ち現れる。
 桃色の朝霧の中を巨大な貨物船が幾艘も行き交う、異国の海峡。漆黒の大海原の真只中に寄る辺なく浮かぶ客船のデッキ、その舳先に一等近い場所で、ブロンドの髪を流れ星の光跡のように夜の海風になびかせている、若い女の幻めいた後ろ姿。

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