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創刊号試し読みー「神様にでもなったつもりかい?」筒井透子
1月14日文学フリマ京都で販売します「第九会議室 創刊号」の、掲載作品の試し読みコーナーです。
筒井透子 著者紹介(本文抜粋)
中学生の時、塾の先生が「おまえ筒井康隆絶対好きやから読んでみろ」と言ってくださったのが私の人生の糧に。読書の楽しみに目覚め、重度の活字中毒時代を経て、小説は2年前から書き始め、SFも時代小説も恋愛ものもジャンル問わず、大迷走中。「小説を書く」という生涯の趣味が見つかったことに感謝する日々。公募でたまに二次選考とかに残ってたまに喜ぶ、そんな余生も素敵だなと思う今日この頃。
最近のベスト本は小川洋子『ことり』。
同人誌『ココドコ』『文章講座植物園(津原泰水文章講座)』に参加。
X(旧Twitter):@tokotutui
「神様にでもなったつもりかい?」本文抜粋
ぐん、と重力を感じて、朝が来た。
私は一人、ベッドに眠っていた。セミダブルのベッドは広かった。
カーテンを開いた窓からは朝の光が暴力的に入ってくる。起き上がって地面に飛び散るティッシュペーパーを見た。散ったペーパーの細かいかけらが光の粒子となってキラキラと浮かんでいた。私は掃除機をかけてそれらを片付ける。最近の朝の日課だ。大きな窓の端に重ねたカーテンが動いた。その厚みから、耳と片目が覗いている。私が掃除機を置いて試しにそちらに向かうと、悪戯に紙を散らしたその猫はさっと逃げて行った。三週間くらい前に道で震えていたのを連れ帰った猫だったが、よほど人間が嫌いなのだろう、私には全く寄ってこなかった。ご飯をあげたら、私のいない時に食べていて、寝ている間に部屋の中で暴れて悪さをして、朝になると隠れる。いるようでいないようで文字通り爪痕を残していくその猫との生活は、私の性には合っていた。
猫はまた隠れてしまい、私はご飯を用意した。滅多に手に入らない天然の鰹節をまぶした。リビングの真ん中に置いて、ベッドに入って、様子を見た。猫はカーテンの奥からそろりと出てきて、ゆっくりと一歩一歩鰹節ごはんに近づいて、私をじっと見て、私が動かないとわかると、がつがつとそれを食べ始めた。
美味しそうに食べているのを見ていたら、ふと、猫の名前が浮かんだ。食べている猫に、呼びかけてみた。
サキ。
猫は耳をピンと立てた。
猫の餌を買いに地上に降りた。キャットフードや爪研ぎを買って、商店街を抜けたら、高架下に、老人が座っていた。敷物は前見た時より汚れていて、老人の服も、服というより布と言って良かった。髪が伸び放題の老人はニット帽に無理やりその髪を入れていたが、首元から髪があふれていた。ニット帽も泥だらけだった。その周りにはガラクタがいつものように溢れていた。ぬいぐるみが多かった。その中に一台だけあったパソコンを、先日買って帰ったのだった。
おお、あんた。またなんか買ってってくれよ。老人が声をかけてきた。
あんたがあのよくわからない箱を買ってくれたおかげで、一ヶ月は暮らせたよ。命の恩人だ。なんかいらないかい。お、猫がいるのかい。猫はぬいぐるみが好きだと思うぜ。ほら、売るほどある。
私は立ち止まった。猫より少し小ぶりの、ねずみのぬいぐるみを手に取った。適当にお札を渡したら、老人は叫んだ。こんなにかい。ありがとよ。さすがだよ坊ちゃん。
私に媚びる老人の姿は見ていられなかった。私は目を逸らして、去ろうとした。
おい。あんた。
強い口調に振り返ると、老人は、目を光らせて私を見ていた。さっきまで目の焦点があっていなかったのに、今はギラギラした目を私に向けていた。
あんた、ちょっとやりすぎたんじゃないのかい。
私が? 何を。
何か失ってないかい。
いえ。何も。
私はやはり去ろうと歩き出した。老人の声が追い縋る。
あんたは、なんなんだ。そんなロシアンルーレットみたいなことをして、どうしたいんだ。全て変えてしまいたいのかい。
老人が何を指して言っているか、私にはわかっていた。そして答えは、わからなかった。
家に帰ってぬいぐるみを置いたら、翌朝には耳がちぎれて、綿がはみ出ていた。私はそれを掃除した。