自分がされて嫌なことは他人にするな。
上野公園で僕の目の前を歩くカップル。片方がスマホを落とした。うつ伏せのスマホを拾い上げ、祈るように返すと、画面は見るも無惨に割れていた。そんな時だけ祈るのは逆効果。信仰心不足。天罰。
それを見たパートナーは目いっぱい同情した。「あぁ、同情するんや」と思った。
もし僕がスマホの画面を割る時、隣に誰かがいたなら是非笑って欲しい。同情されると心も割れる。だから「僕なら笑うのに」と思った。
「自分がされて嫌なことは他人にするな」という教えがある。
誰しも一度は言われただろうし、僕もそう教えられてきた。
そしてそのパートナーもきっとそう教えられ、「自分なら同情して欲しい」と考えてそうしたのだと思う。
その後の2人の空気感を見ていると、どうもその対応で正解だったらしい。
もしかしたら目の前で見たそれが偶々うまくいっただけで、世間的に「同情して欲しい」は少数派なのかもしれない。なにせ「スマホを落とした奴の隣の奴」のサンプルが少ない。
しかし、誰かと足並みを揃えて散歩を楽しめている時点で、独りの僕よりは向こうの方が社会に適合していることぐらいは分かる。
何が言いたいかというと、「自分がされて嫌なことは他人にするな」という教えは「されて嫌なこと」がズレている奴には逆効果だということである。
共感性が薄弱な奴が、他者の何かを自分に置き換えて考えてみても良い結果にはならない。
色んな人の導きで少しはマシになったが、まだ僕は相手の喜ぶことが何かを理解しきっていないらしい。
でも大丈夫。まだ先は長い。こうやって少しずつ学んでいけばいい。
またひとつ学ばせてくれたカップルに心で感謝し、これからも末永くお幸せにと願った。
子供がふらふらと走って来る。
そうなるのではと予感した通り、そのカップルにぶつかった。
上手く状況が飲み込めずおろおろする子供に、そのカップルは優しく「大丈夫?」と声を掛ける。なんて微笑ましいやり取り。
になると思っていた。
その妄想を裏切るように、ぶつかられたそいつはハッキリと舌打ちをした。
おいお前カスなんかい!先言うてくれよ!
学びを得るところやったで!!
前言撤回!前言撤回!!
恋愛対象の扱いが上手いだけの奴でした!!
お前がスマホ割った時は報告してくれ!爆笑したるわ!!
おやすみ!!