「読ませる文章」を書く技術
Q.二次創作の小説を書き始めて二年ほどのゴリラですが、自分の文章には「読ませる力」がない、と感じるようになりました。文章自体も読みやすいとはいえないし、ネタもシチュエーションもありふれています。オチも上手く書けません。他の方の二次創作を読むと、スクロールする手が止まらず一気に読み終えてしまうような作品もあります。自分もそういう作品を書きたいと思うのですが、うまくいきません。「読ませる文章」というのはどうやったら書けるのでしょうか。
A.貴方が「スクロールする手が止まらなかった」小説は、何故「止まらなかった」のでしょうか?
「読ませる文章」という言葉の定義も人によってニュアンスの差はあるだろうが、おそらく概ねの方は質問者さんの言うように「読み進めるのを止められずどんどん読んでしまう」というような作品を想定するだろう。明日早いのに……と思いつつベッドの中でついつい読みふけってしまった小説。眠いはずなのに物語の先を知りたくて徹夜で進めてしまったゲーム。見ながら他のことをするはずだったのに気が付いたら何時間も食い入るように見てしまった映画。そういうものがある人なら、お分かり頂けることだろうと思う。それこそが「読ませる物語」の実例だ。そういうものがない人は、申し訳ないがゴリラ語のテキストは少々分かりにくいと思うので、この記事のことは忘れて頂きたい。
質問者さんは既に「読ませる文章」の実例をばっちり目にしておられるので、その大好きな作品、一気に読んでしまった作品を何故自分は一気に読んでしまったのか、という理由を紐解いてゆけば、おのずと「読ませる文章」が何なのかが分かることだろう。それはゴリラに説明されるより遥かに分かりやすく実感として染み込む勉強になるはずだ。
また、マシュマロマガジンさんの『いかにして文章を読みやすくするか⑥ 読ませる文章』にて「読ませる文章」について書かれていらっしゃるので、そちらも是非読んで頂きたい。ゴリラ語よりも読みやすいであろうことは間違いない。
マシュマロマガジンさんの記事で詳しく書かれているが、まず「読んでいて引っかかってしまう箇所が少ないこと」は大切だ。これは前提条件であり、料理で言えば下ごしらえのようなものである。苦味の強い食材なのに面倒がって下茹でを怠れば、せっかく作った料理も美味しいものにならないかもしれない。小説であれば、面白い誤字や思わず笑ってしまうような言葉の誤用があると、読者はそこで引っかかってストーリーに集中出来なくなってしまう。難読漢字を多用しすぎたり、凝った言い回しがやたらに続いてくどいのも同様だ。「読ませる」つもりなら、作者が書いて気持ちいいことよりも読者が気持ちよく読めることを優先すべき時もある。
また、マシュマロマガジンさんの記事で書かれた「読者の読解力を低く見積もること」については非常にセンシティブかつ上級者向けの問題となるので、ここは是非マシュマロマガジンさんの素晴らしい記事を参考にして頂きたい。
しかし記事の内容がこれだけではゴリラとして不親切にもほどがあるので、今回は「読ませる文章」を作るための技術についてひとつ紹介しておこうと思う。タイトルやジャンル区分、表紙画像や属性表記といった付加価値で「読ませる」ことも勿論このインターネット社会では技術のひとつだが、今回は純粋に「本文で読ませる」ことに焦点を絞っておく。属性タグがなくても、表紙画像がなくても、タイトルが『無題』でも、本文を読んだ人がどんどん読み進め最後まで読みきって楽しかったと思ってくれれば、それは「読ませる文章」と言えるだろう。
特にアマチュアの趣味の小説では、プロの編集者や校正が付いてくれる訳ではない。どんなに直しても誤字脱字が残ってしまうこともあるし、読みにくい語順や日本語の誤用があっても、自分が気付かなければ読者から指摘されることはほぼないと言っていいだろう。作品をパッケージとして見た時の包括的なクオリティの面では、どうしても商業作品に譲る場合も少なくない。しかしどんなにパッケージが微妙でも最高に美味しい! とインターネットでバズるお菓子があるように、誤字脱字の有無や日本語の読みやすさだけが小説の魅力ではない。多少の誤字などものともせず読み進めるほどの動機を読者の心に作れれば、どんなに面白い誤字脱字があっても作品自体への評価とは別問題として捉えてもらえることだろう。お部屋をお連れします。
アマチュアの趣味であれば、「読みやすい日本語」を書くことには年単位の時間をかけた練習が必要になる。こればかりはスキルマーケットサイトの校正サービスなどを活用しながら地道に努力して頂くしかない。しかし日本語の読みやすさ以外の部分、「物語の内容の作り方」次第で読者に「読ませる」文章を書くことは、誰でも今日から始められる。勿論練習は必要だし、最初は上手くいかないことだろう。コツを聞いただけで即座に上手くなれる人がいるとしたら、それはもうその人が最初から持っていた技術にただ気付いただけ、ということだ。だが「読みやすい日本語」を書けるようになるよりは、「物語の内容を工夫する」方が遥かに早く実用レベルに達するのではないかとゴリラは思う。
読者に「読ませる」技術を知りたい、という方は参考にして頂ければ幸いだ。
※「お部屋をお連れします」とは、今をときめく超有名プロシナリオライターの伝説的誤字である。詳細は各自お調べ頂きたい。
イントロ
ゴリラコラム「読者を惹きつける冒頭の文章とは?」でも書いているが、その作品の最初の部分、冒頭というのはその後を読み進めるかどうかの判断基準になることも多い。冒頭三行で読むのをやめた、などという言葉もあるくらいだ。音楽に例えればイントロである。静かなイントロから始まって徐々に盛り上がる曲もあれば、インパクトのある音で唐突に始まり聴衆の興味を引く曲もある。音楽であれば他のことをしながら自然と耳に入ってくることもあるだろうが、小説はそうはいかない。読者には「自分で文字を追い、言葉の意味を考えながら脳内にストーリーを思い描く」という能動的な動きが必要になるからだ。従って小説の場合、「冒頭でインパクトを出す」ことが重要視される場合が多い。強く興味を引いてその先を読んでもらう動機を作る、ということである。
インパクトのある冒頭の作り方については上記の記事で詳しく書いているので、そちらを参照して頂ければ幸いだ。
引きの連続
「冒頭で興味を引いてその先を読んでもらう」と書いたが、これは冒頭に限った話ではない。ストーリー全体を通して、「どういうこと? 先が気になる!」と思う気持ちを持ち続けてもらえれば、長編小説であっても読者はどんどん読み進めてしまうことだろう。
これが俗に「引き」といわれるものである。
「引きが強い」などの言葉が有名だが、これは続きが気になる! と思わせるような、もったいぶったところで次回へ続く……というような物語の作り方だ。テレビで週一放映されるドラマやアニメ、週刊誌の漫画などではよく見かけることだろう。一本で完結する映画などでも、主人公がようやくピンチを抜けたと思ったら新たな敵が現れて……などのように「引きを強くする」ことは出来る。
英語圏のドラマ業界などでは「クリフハンガー」と呼ばれ、毎週放映される連続ドラマでよく使われるタイプの「引き」がある。主人公が崖から落ちそう! どうなっちゃうんだ! というシーンで物語を切る、あるいはシーズンが終わってしまう。これによって視聴者は「続きが気になる! 続編希望!」と胸を躍らせ、テレビ局には続編を期待する声がばんばん届く、という訳だ。鉄板の展開として固有名詞が出来るほど、数多のプロ作家たちが繰り返してきた有名な手法なのである。
とはいえ、常に同じレベルの驚きや疑問を提供し続けては読者も慣れてしまうというもの。どんなに美味しいものも胃袋の大きさ以上には食べられないのである。同じ「興味を引く」でも、インパクトの強さや種類を変えながらストーリーに配置していくことが肝要だ。こうして引きの連続をバランスよく配置していけば、読者は常に「えっどうなっちゃうの!?」「この謎はいつ解けるの?」「このキャラの台詞、意味深!」とワクワクドキドキしながら本文を読み進めてくれることだろう。
「内容で読ませる」にも色々な種類があるが、もっとも普遍的かつプロからアマチュアまで幅広い人々に多くの時代で使われ続けてきた素晴らしい技術が「引きを作る」なのである。
ゴリラ諸氏にはジャングルの先人の恩恵にあずかり、是非「引き」を使って魅力的な物語を書いて頂きたい。
引きの種類
では実際に「引き」を作るにはどうすればいいだろうか。まずはどんな種類の「引き」があるのかを知っておくことが大切である。知らないことは出来ない、人類でもアニマルでも当たり前のことだ。という訳でゴリラなりに「引き」の種類を紹介してみよう。
1.謎の提示
ミステリはこれを主眼とした作品ジャンルである。理屈や理由の分からない「謎」があり、その謎を登場人物が解明していくことこそがミステリの面白さだ。特に人類に愛されている「殺人事件のトリックを解き明かす」というタイプのミステリは、トリックに対するヒントがキャラクターと読者の両方に提示され、そのヒントを元に読者も一緒に謎を解き明かしていく、というなぞなぞめいた楽しさがある。物語の結末、種明かしより前に予想を立てて正解すれば、まるでクイズ番組の答えを当てた時のような爽快感もあるだろう。
殺人事件などを取り扱う作品でなくとも、たとえばファンタジーの世界観でも謎を提示することは出来る。作中の世界で誰も辿り着いたことのない高度な魔法や、かつてその世界に存在したとされる伝説の存在、遺物などを「謎」として据え、キャラクターがその謎に立ち向かうという物語は、RPGなどでは定番だ。
日常の一コマを書くような小作品でも、小さな「謎」を提示することが出来る。時間軸を入れ替え、書き出しの部分でキャラクターにラストシーンの台詞を言わせてしまうなどの手法だ。こうすると読者は「いきなり何?」と疑問を抱くだろう。時系列の入れ替えにより「謎」が発生するのである。過去に戻り、ストーリーの中でその謎を少しずつ解説していけば、読者は謎が全て解き明かされるまで読み進めてくれる可能性も高いはずだ。
2.ピンチ
いわゆる「少年ジ○ンプ」系といわれる物語はこれが主眼のジャンルだ。バトルものだけでなく、スポーツものでもこれがメインになる。主人公には様々なピンチが訪れ、自分や周りの人、世界を守るために強くならねばならない。とても主人公の実力では勝てないと思うような強敵や、主人公の大切な人たちを脅かす卑怯な敵。あるいは主人公の信念と相反する敵など、とにかくピンチが串団子のごとく訪れる。一つのピンチを乗り越えたと思ったら新たな敵の姿が見えてきて、読者は毎回「どうなっちゃうの!? 今度こそ勝てないかも!」と思いながら物語を見守る。この「引き」の強さが連載ものという発表形態には相性が良いのだろう、非常によく使われる技術である。
ピンチで作る「引き」は、何もバトルがある作品に限ったものではない。
恋愛ものであれば、主人公が好きな人に告白したけどすぐに返事が来なかった! どうなっちゃうの!? といった引きも作れる。告白したのに一度振られてしまった、などという「ピンチ」も定番だ。告白のシーンまでに読者が主人公に感情移入していれば、読者としては「諦めないで! もう一回告白しようよ!」と応援したい気持ちにもなるだろう。
物理的なピンチばかりでなく、心のピンチもまたドラマとして強い「引き」になる。ギャンブル漫画などは心理戦の熱い駆け引きが魅力のジャンルだ。こちらではキャラクター同士の腹の探り合い、相手の手を読もうとする心理などがメインディッシュとなっており、主人公が心理的に追い詰められたり絶望したりするシーンは「ピンチの引き」として読者をハラハラドキドキさせてくれる。
3.じらす
謎でもなく、ピンチでもなく、誰も「引き」と意識しないようなシーンであっても、強引に「引き」を作ることは出来る。誰でも結果の分かる何でもない当たり前の描写を「じらす」ことによって、読者の意識を引き付けるポイントを作り出すのだ。
例文をご覧頂こう。
真っ赤に熟れた林檎が、木から落ちた。ぼと、と鈍い音を立てて林檎は地面に転がる。
林檎は木から落ちると地面に向かう。万有引力の法則である。そもそも万有引力などという概念をニュートンがひらめくよりも以前から、これは人類に当たり前のこととして認知されていた自然現象だ。疑問を抱く人などいないだろう。
しかし、ここに強引に「引き」を作るとどうなるだろうか。
真っ赤に熟れた林檎が、木の枝から離れた。赤い、血のように赤い果実。いずれは鳥についばまれ、腐り、ばら撒かれた種子はいつしか新しい林檎の木へと成長するのだろう。くるり、くるりと林檎は回る。宙に描かれる赤い軌跡。その様をただ、目を見開いて見詰める。永遠にも思える一瞬。やがてぼと、と鈍い音を立てて林檎は地面に転がった。
林檎が木の枝からちぎれてから、地面に落ちるまでの間を「じらす」ことによって、「林檎が地面に落ちる」という当たり前の結果が中々見えてこない。結果読者は「どうなるの?」という一瞬の不安を抱くことになる。これも立派な「引き」である。
ただし、このように「不安にさせる、疑問を抱かせる」ような文章というのは創作作品においては「意味深なシーン」つまり「伏線」と捉えられるものである。もしこの物語の中で林檎が何かしらのキーアイテムとして使われたり、主人公の心情や状況に関係のあるものでないのなら、むやみやたらとこういう書き方をするのはお勧めしない。全てのシーンでこれをやっていたら、読者は逆に冗長で中身がない、と感じて飽きてしまうだろう。先に書いた通り、どんなに美味しいものも胃袋の大きさ以上には食べられないのである。
終わりに
いかがだっただろうか。「引き」を連続させ、緩急やバリエーションを付けて配置することが出来れば、読者は「先が気になる!」と物語に引き込まれぐいぐい読み進めてくれることだろう。
そして読者の「先が気になる!」という気持ちの邪魔をしないために、誤字脱字や日本語の誤用を減らすことは大切だ。
ここでゴリラが紹介したもの以外にも、世の中には無数の「引き」の技術があり、様々な魅力的な「引き」が今日も世界中の創作物で展開されている。最初に書いた通り、自分が「止まらずに一気に鑑賞してしまった作品」があるなら、どういうところが気になって一気に見てしまったのかということを自分でメモしてみると良い。そこには貴方好みの素晴らしい「引き」の技術が詰まっているはずだ。
ゴリラの皆さんが様々な「引き」を活用して魅力的な小説を書き、執筆を楽しんでくれることをゴリラは願っている。
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