壁をいつかひょいっと超えちゃう時がくる、のかも。
2022年元旦。私は恋人の隣りで仰向けになりながら、天井をみつめてた。
すると段々と天井が迫ってくるような感覚に襲われた。
そして、私の頭の中で文字だか声だかただのideaだかわからないものが、「きみの死ぬ時は自殺だよ」と語ってきた。
2021年、12月は辛い月だった。
ふざけて「心がしんでる」なんて思いながら、確かに何も出来なかった。
私は絵描きである。そして、精神疾患もある。
この二つは特に関連はない。ただ絵を描くことが、精神疾患を重くすることはたびたびある。絵を描くことは私の場合ものすごい集中力を使うためだ。当然「心がしんでる」ような時には絵なんて描けない。というか何も出来ない。横になってたり、YouTubeをみたり、電話したりして過ごす。
でも、今回の「心がしんでる」状態は何かが違うみたいだった。いつもの「心がしんでる」は、ほぼ疲れた〜と同じぐらいのことだった。私の空洞はでかいので、常に誰かに自分の描いた絵をみてもらって、何か言われないとだめなのだ。アテンションがほしくて描いてると言っても過言ではない。だから基本的には、仕事以外でも描いている。頼まれなくても描いている。
しかしこの12月は本当に何も描けず、辛い、痛いような、涙が溢れて止まらなくなってしまった。
よく人は、歳をとると1年が早く感じるね、などというが、いやいや、時止まることあるでしょう、鬱な時もうスローモーションでしょ、と言いたくなる。でも共感を得られないので、そのまま飲み込んで「だよねー」と返事するしかないのだが。
まあそのくらい長くて、ゆっくり重たい日々だったのだ。
そんで、つい、生きてることを思いだしたくて、11月にいれた蜻蛉に引き続き、痛みを求めてエッシャーの「悪魔の星」をタトゥーで腕に入れてもらった。
痛みを求めてというのは11月にその1stタトゥーで、「あー、なるほど、ちょっと怖いけど、リストカットをする人は、こういう、痛みが心を落ち着かせる?のかなぁ?」なんて、のほほんぼんやり思ったし、実際、彫ってる時は落ち着いた。しかしさすがのエッシャー、細かなディテール再現のおかげで、
「え、うそ?」というくらいたまにめっちゃ痛みがあった…もうこのへんでやめときたい、くらいだった。そして、自分はちょっとバカというか、安直野郎だなぁと反省した。
その数日後、神田沙也加さんの訃報をきいた。
信じられなかった。だって私はその前の日、積もった雪でオラフを作っていたくらい大好きな映画の、声の人だったからだ。
すぐにiPadで、Annaを描いた。
すぐにpencilの電池切れで、もう、くそ!と指で描いた。
安らかに、と祈った。事件性はないとのことで、では、自殺…わからない。
そこから自殺に考えが囚われはじめたのかもしれない。
死ぬのは絶対怖い。ましてや、自殺なんてさ、勇気がある人がやるものだと勝手に思っていた。怖がりの私にはどんな人生だったとしても、そんな勇気はでない。昔、姉と「自殺できる人は強い人だね、自分達には出来ないね」と話し合ってなんか泣いた記憶すらある。
でも、
タトゥーをいれた時にも思ったけど、ふと、勇気とかそんなんじゃなくて、ほんとに、ふと、向こう側へ飛び越えちゃうことって、あるのかもしれないとも今は思う。
もちろん、元旦に天井が迫ってきた時は本当に絶望感でいっぱいだった。どうしてわたしはこんな…こんな存在なんだろう。
そして、確かに死ぬとしたら自殺しかないのかもしれない。なんて思いながら恋人の手を強く握ってその温かさを感じながら混乱していた。怖くて怖くて母にラインもした。さらに「母がいなくなったら、もしかして、ほんと後追いするしかないかも」と余計な心配で、さらに大混乱した。
で、結論ですよ。
でも、
でも、と続けてばかりの文章ですが、でも…
なんかさ、人は、必ず死んで
それで、年齢も死因もバラバラで
わたしにすら、まだ余生何年もあって
結局予言が当たって本当に自殺しかなかったとしても、
わたし頑張ってそれまでサバイヴするつもり。
と、近所のコンビニへタバコを買いに行く時思えたわけです。なんじゃそら。
1月の空は、高くて綺麗な青空が待っていた。
明日は、神社に不要なお守りと絵馬を大量に燃やしにいくつもりです。
友達、知り合いに言いたい。
もう、お土産に、お守り、ご遠慮します。
大掃除の時にね、一体何個でてきたと思います?
びっくりしたわ。
そして、まだ、泣きそうな、Annaが、今も、iPhoneに残っている。
今回は、ダークなお話ごめんなさい。そして、インスタもやめるつもりです。フォローしてくださりありがとうございました。。
遠山ハルでした。